冷凍庫の二段目
峰岸直樹は、夜勤明けでもシェアハウスへ戻らなくなった。
救急救命士として働く彼は、以前なら午前九時に帰り、冷蔵庫を空にしてから眠った。だが大きな事故の現場に出た週から、仮眠室や車で朝を越すようになった。
吉良新は理由を聞かなかった。聞けば「仕事だから」と返るのが分かっていた。
代わりに、日曜の台所へ住人を集めた。
「冷凍庫を整理する。二段目が霜で死んでる」
電源を切り、食品を保冷箱へ移す。二段目には直樹が買った冷凍うどんが五袋、半年近く残っていた。誰も触らないうちに霜の塊へ埋まっている。
新が木べらで霜を剥がし、別の住人が雑巾で水を吸う。途中、直樹が突然帰ってきた。
「何してる」
「見れば分かる」
「俺のうどん、捨てるなよ」
「賞味期限は平気。でも袋が裂けてる」
「食える」
「今日は食わないだろ」
直樹は着替えもせず、床にしゃがんで霜を削り始めた。手が震えていた。疲労のせいか、寒さのせいか、新には分からない。
「現場で、同い年の男がいた」
直樹が冷凍庫へ顔を向けたまま言う。
「帰るって何度も言ってた。家の鍵を握ったまま」
新は雑巾を絞った。
「それで家に帰れない?」
「帰ると、鍵を思い出す」
「ここにいる奴らの鍵は、お前が思い出さなくても開く」
慰めにはなっていない。直樹も頷かなかった。
掃除後、皆で作り置きを始めた。焼きおにぎり、鶏そぼろ、刻んだ葱。直樹はうどんを一袋ずつ包み直し、日付を書いた。
新は冷凍庫の二段目へ透明な箱を置いた。
「夜勤用。誰が食ってもいい」
「俺のうどんだぞ」
「じゃあ名前を書け」
直樹はペンを持ったまま考え、〈明け番〉と書いた。
その夜、彼はまた職場へ向かった。翌朝、新が起きると、流しに空の保存容器が一つ伏せてある。冷凍庫の二段目から焼きおにぎりが二個減り、代わりにコンビニのプリンが人数分入っていた。
直樹の姿はなかったが、玄関の充電器には彼の予備バッテリーが差さっていた。新は抜かず、次の夜勤用にそのまま満充電まで待った。