凍ったまま消えた煮込み
天空遺跡へ向かう調査隊は、食料だけで荷馬車八台を必要としていた。
隊長エレネアは、補給係の雪村理久へ冷たく言う。
「橋は馬車三台までだ。肉を捨てるか、調査を諦めるか選べ」
遺跡の扉が開くのは百年に一度、あと五日だけ。迂回路なら十二日かかる。
魔導院の幹部は、異世界人を補給係にしたせいだと理久を責め、調査中止の署名を進めていた。食料を減らせば山上で餓死する。八台のままなら橋が落ちる。
理久は厨房の煮込みを捨てず、肉と野菜が重ならないよう浅い皿へ薄く広げた。
氷魔法で芯まで凍らせ、湯気の出ない硬さを確かめてから密閉した鉄箱へ入れる。次に風魔導士へ、箱の中の空気だけをゆっくり抜かせた。
魔力を強めすぎて皿を割ろうとした術士を止め、氷が溶けない圧に保つ。
「凍らせたのに火を当てないのか」
「氷を水に戻さず、外へ逃がします」
一晩、箱の覗き窓には白い霜が移り続けた。水滴は一度も落ちない。
朝、幹部たちの前で蓋を開けると、煮込みは形を残したまま羽根のように軽くなっていた。皿を傾けても汁はなく、肉も人参も穴だらけで、指で押せば乾いた音を立てる。肉も人参も穴だらけで、指で押せば乾いた音を立てる。
「食事を石綿にしただけだ」
幹部が笑う。
兵士が顔をしかめる前に、理久は一人分を椀へ割り入れ、山で得られるのと同じ量の熱湯を注いだ。
三分後、穴へ湯が吸い込まれ、肉は元の厚みに戻った。湯気には香草と赤葡萄酒の香りがあり、匙で切れば柔らかい。
隊長が食べ、無言でもう一口すくう。
百食分の煮込みは、革袋一つ。重さは元の九分の一。
保存試験の袋を床へ落としても砕けず、汁が漏れることもない。八台分を量り直すと、橋を渡る馬車二台に収まった。残る一台には発掘道具を積める。
理久は一月前の試作品も戻して見せた。今日の鍋、昨日の乾燥、ひと月前の乾燥を番号だけで並べる。味の差を当てられた者はいなかった。
署名しかけていた幹部まで、三杯目の椀を空にした。
エレネアは調査中止の命令書を裂き、王立魔導院の印を新しい紙へ押す。
「遺跡隊の保存食、全量をこの方法に変更。理久を技術主任として同行させる」
橋の通行許可欄には、馬車二台と記された。