切り取った便箋
母との面会は、一人十分までに決めている。
施設に入ってから疲れやすくなり、長話をすると夜に混乱する。姉の枝音はもっと会わせろと言うけれど、日々の様子を知る私が判断するべきだ。
面会前には、持ち物を確認する。菓子は糖分、写真は刺激、手紙は読んだあと落ち込むので、私が預かる。母のカーディガンのポケットも必ず空にした。紙くずをためる癖があるからだ。
母は面会の終わりに、よく〈もう十分です〉と書いた。自分でも限界が分かるらしい。私はその紙を家族チャットへ送り、枝音たちに無理な訪問を控えるよう伝えた。枝音が直接施設へ電話すると、『母の情報を広める行為です』と注意した。連絡窓口を一人に絞るのは安全管理であり、私の権限ではないと皆に説明していた。母の服や髪型も、面会写真が乱れないよう私が決めた。職員への差し入れも私が選び、母を最も理解している家族は私だと覚えてもらった。
ある日、枝音が予約なしで来た。私は受付で止めたが、職員が「お母さまが希望されています」と通した。母は枝音を見るなり泣き、私には背を向けた。
「十分でいいって、いつも書いてるでしょう」
私が紙を示すと、枝音は母のカーディガンから、細く折られた切れ端を取り出した。職員が洗濯前に見つけ、本人の希望で隠していたという。
〈那緒佳は帰ってください〉
〈手紙を取らないで〉
〈枝音に会いたい〉
私が送った〈もう十分です〉の下に続いていた文だった。私は、母が興奮して書いた部分を切り、穏やかな意思だけを家族へ伝えていた。母を家族の争いから守る編集だ。
枝音は、私が面会を制限している間に母の口座から管理費名目で引き出した記録も出した。私は毎日来ている。交通費も時間もかかる。ほかの姉妹が十分だけ優しい顔をするのとは違う。
施設は連絡窓口を枝音へ変え、私の面会には職員が同席することになった。
帰宅後、財布の札入れから薄い紙が落ちた。
〈もう十分です〉の下半分は、何度も指で確かめたせいで、母の手紙より柔らかくなっていた。