匿名投票の端末番号

新人研修の最終日、朝霧栞の評価だけが全項目ゼロだった。

講師役の堂本圭はスクリーンを示し、同期たちの前で笑う。

「匿名投票の結果です。全員が朝霧さんと働きたくないそうです」

栞の机には、昼食の残りを詰めた紙袋と、「辞めろ」と書かれた名札が置かれている。堂本は一週間、栞だけ発表資料を削除し、答えられない質問を浴びせ、その様子を社内チャットで見世物にしていた。

同期の一人が口を開きかけると、堂本は評価端末を指で叩いて黙らせた。

「異議申し立ては?」

「ありません」

「素直でよろしい。では自主退職同意書に署名を」

堂本は人事システムの画面を開き、自分が面談責任者であることを電子署名した。

栞は署名欄ではなく、『投票監査』を押す。

堂本の笑みが止まる。

匿名投票は回答者の名前を隠すが、同一端末からの重複を防ぐため端末番号を保存する。栞へ投じられた二十四票は、すべて講師用タブレット一台から送られていた。

「同期が順番に使ったんだ」

堂本は即座に言う。

「では、入力映像を確認します」

研修室の天井カメラには、堂本が夜、一人で二十四の研修アカウントを切り替える姿が映る。しかも彼は各票の自由記述へ、自分の口癖である「素直さが足りない」と入力していた。

堂本は投影を消そうとするが、面談責任者として署名したことで、記録一式が人事監査へ自動提出されていた。

スクリーンにはさらに、栞の資料を削除した操作履歴、紙袋へ社員証で購入した残飯を入れる映像、匿名チャットで「泣かせた者に飲み代を出す」と書いた投稿が並ぶ。

「新人を鍛える研修文化だ。会社のためにやった」

栞は堂本が差し出した同意書を閉じる。

「私が同意する項目はありません」

会議室のスピーカーがつながり、人事本部長の声がした。

『朝霧さんの採用継続を確認しました。続いて、講師役への決定を通知します』

堂本が「待ってください」と立ち上がる。

『堂本圭。職権を利用したいじめ、評価捏造および退職強要により、本日付で懲戒解雇とします』