十三秒先のデュエット

失踪した歌い手との生中継は、十三秒遅れているはずだった。

白砂柊成は空のスタジオで、相方・翡翠ノアの映像を見た。彼女は一週間前、施錠された収録室から消えた。今夜だけ匿名回線が開き、一曲のデュエットを要求してきた。警察は追跡のため中継を許可し、柊成には会話を引き延ばすよう指示していた。

画面のノアが微笑む。

「待ってる」

通信表示は〈DELAY 13.0〉。イントロで柊成が鍵盤へ手を伸ばすと、画面のノアはその十三秒前に同じ方向を見た。Aメロで柊成が予定外の咳をしても、彼女は咳の前から水を差し出す仕草をする。

「待ってる」

柊成は遅延ではないと気づいた。映像が十三秒先を映している。

サビへ入ると、ノアの背景にスタジオの廊下が見えた。十三秒後、柊成の背後の扉が開き、画面と同じ警告灯が回る。ノアは映像の中で廊下の奥を指さした。柊成は歌いながら進む。画面には、これから曲がる角、これから落ちる譜面、これから閉じる防火扉が先に映る。

やがて地下の旧録音室へ着く。扉は壁で塞がれ、存在しないことになっていた。画面のノアは、その内側にいる。

柊成が壁を叩くと、映像の彼女は十三秒前に振り返った。時間の向きが合わない。彼女は未来を送っているのではない。地下室で録った音と映像が、建物のデジタル遅延装置を逆走し、外へ出るまで十三秒だけ時刻表示を先へずらしていた。

サビの最後、ノアの背後から所属先の代表が現れる。彼女を閉じ込め、契約更新の返事を待っていた男だ。画面では代表が柊成のいる壁へ近づく。十三秒後、内側から衝撃が来る。

柊成は非常用ハンマーで壁を割った。最後の一音と同時に穴が開き、冷たい空気とノアの生の息が流れ出す。代表はその場で取り押さえられた。

ノアは声が出ず、端末へ文字を打つ。

「待ってる」

迎えを信じて耐えていたというだけではない。十三秒先の自分の映像を送り、柊成が正しい瞬間に壁を壊すのを待っていたという、時間差の合図だった。