十二時七分の充電音

那須野梢は、充電台の音を口でまねた。

「ピッ、ピピッ。最初に一回、少しして二回です」

鵜飼菜穂巡査部長は、清掃員控室の丸椅子に座っていた。河川敷で少年が制圧され、首を負傷した夜、矢吹警部のボディーカメラは川へ落ちたことになっている。捜索しても本体は見つからず、映像は消えた。

「時刻は覚えていますか」

「日付が変わって七分。掃除の打刻をした直後でした」

「誰が充電台に置きました」

梢はモップの柄を握った。

「見てません」

その答えだけ、声が早かった。

菜穂は急かさず、当夜の清掃表を机に置いた。十二時六分、梢は機器室前の廊下を担当している。充電台はカメラを差すと一回、データ転送が始まると二回鳴る。川へ沈んだ機器が、署で転送を始めるはずはない。

「音だけで十分です」

菜穂は言った。

「見たことを話せとは言いません」

梢は首を振った。

「音だけなら、聞き違いにされます。前にもそうでした」

「前にも?」

しばらくして、梢はポケットから小さな鍵束を出した。

「矢吹さんが中にいました。黒いカメラを差して、画面を見て、すぐ抜いた。私に気づいて、『夜勤は耳が遠くなるな』って」

その翌日から、梢は勤務日数を減らされている。夫の介護費を清掃の給料で補っており、契約を失えば生活が崩れる。

「名前を出さないでください」

「匿名では、正式な証言にできません」

「なら、聞かなかったことに」

扉が開き、矢吹が立っていた。

「清掃員の雑談に付き合うな。川で失った報告は本部まで承認済みだ」

梢はうつむいた。菜穂も怖かった。矢吹は採用時の面接官で、署内の配置を決める立場にある。証言を取れば、梢を守れる保証はない。自分が先に異動させられるかもしれない。

菜穂は聴取票の証人欄を空白のままにし、まず自分の職氏名を書いた。「清掃員から聴取した」ではなく、「鵜飼菜穂が十二時七分の転送音に関する申告を受けた」とする。梢の住所と連絡先は別封にし、閲覧制限を掛けた。

「私の名前を先に出します」

菜穂は梢へ言った。

「あなたの名前を出すかは、そのあと一緒に決めます」

矢吹の前で、菜穂は申告受理時刻を記入し、監察直送の赤い封筒へ入れた。