千の未来を外した短剣

時殺しのキシュネは、標的テオラを路地の中央へ追い詰めた。

彼の短剣は、相手が次に移動する場所へ先回りして刺さる。右へ避ければ右、伏せれば地面、立ち止まれば心臓。未来を読むのではなく、選ばれた未来そのものへ刃を置く暗殺具だ。

「三百年逃げた不死者も、未来からは逃げられない」

テオラは買い物籠を片手に、路地の中央から動かなかった。

一撃目。キシュネが短剣を突くと、刃は一瞬消え、次の瞬間にはテオラの胸の直前へ現れた。だがそこから指一本ぶん横へ滑り、背後の樽へ刺さる。

「選択を変えたな」

「何も選んでいません」

実際、テオラの足跡は一つも増えていなかった。

キシュネは奥義《千刻同刺》を解放する。次の十秒に存在する千通りの位置へ、同時に刃を置く技だ。逃げても止まっても、どれか一つは必ず本体を貫く。

銀色の線が路地を埋め、壁と石畳を砕く煙が舞った。

煙が晴れる。

テオラは買い物籠を提げた同じ姿勢で立っていた。籠の卵も割れていない。千本の斬痕は彼の輪郭を囲み、そこだけ時が切り抜かれたように無傷だった。

キシュネの魔眼には、さらに古い時間が重なった。毒杯を飲んでも朝を迎えたテオラ。塔から落ちても市場へ戻ったテオラ。処刑軍の矢が一斉に逸れたテオラ。未来が空白なのではない。あらゆる死に方がすでに試され、世界の側から不成立として消されているのだ。魔眼が映す唯一の確定未来は、買い物を終えたテオラが卵を家へ持ち帰る場面だけだった。暗殺者の存在は、その予定に影響を与える出来事としてすら数えられていない。

キシュネが異常に気づいたのは、見えた千の未来すべてで、短剣が命中直前に標的を外していたからだ。

「未来を改変したのか」

「いいえ。私には、刺されて死ぬ未来がもう残っていないだけです」

テオラは三百年前、同じ短剣で一度死に損ねた。その日から刃は、成立しない死を選べない。

キシュネがさらに未来を開こうと力を込める。

矛盾した千の軌道を抱えきれず、時殺しの短剣が柄の中から砕けた。