午前三時の一枚ガラス

午前三時、街は眠っていたが、二十八階の外壁だけが空いていた。

鳴海冬樹の依頼は、道路規制が終わる前に最後のガラスを取り付けること。高さ三メートルの一枚を吸盤機で吊り、開口へ納め、ガスケットで固定する。

ラベルの番号は合っている。寸法も合う。冬樹は吊り上げ直前、ガラスに映る街灯を見て首を傾げた。隣の窓では白い光が少し青く映るのに、地上の一枚だけ黄色い。

「止めて。向きを確認する」

「表裏はラベル側で決まってる」

運送班が言う。冬樹は小さな検査器を四隅へ当てた。熱を反射する膜が、設計と逆の面に来ている。工場で間違えたのではない。搬入時、狭い道路でラックを反転させ、その後ラベルだけ見える側へ貼り直していた。

逆向きでも取り付く。雨も防げる。だが夏になると熱の入り方が変わり、一枚だけ室温と色が揃わない。完成写真では分からず、入居後にクレーンをもう一度呼ぶことになる。

「地上で反転します」

「あと四十分だぞ」

空中で回せば早い。しかし大きなガラスが風を受け、建物へ当たる危険がある。冬樹は一度ラックへ戻し、吸盤の位置を左右入れ替えた。道路側の作業員を一人減らし、開口側へ回す。建入れの確認も、上端からではなく膜の向きを見た四隅から行う手順に変えた。

午前三時三十七分、ガラスが上昇した。街灯の色が階を上がるごとに隣の窓へ近づく。

開口へ納まり、固定金具が締まる。冬樹は室内側から外を見た。二十八枚の窓に、同じ色の夜明け前が映っている。

道路規制の解除まで七分。地上で誘導員がバリケードを畳み始めた。

冬樹の無線へ、倉庫担当の声が入る。

「明日の分、ラベルの位置が全部ばらばらです」

室内側の作業員には、固定前に隣の窓と反射を比べてもらった。検査器がなくても異常へ気づける確認を一つ増やせば、次の夜に同じ間違いがそのまま上がるのを防げる。

彼は検査器をケースへ戻さなかった。空は明るくなりかけていたが、ガラスの表裏は、朝になっても見ただけでは分からない。