午前四時の天気図
午前四時十二分、気象衛星が上空を通過する七分間だけ、室生栞音の予報端末に一曲が現れた。
曲名は〈RAIN MAKER〉。イントロはレーダーの走査音を細かく刻み、雲の反射強度を合成音声の母音へ変えている。衛星が地平線へ消えれば、ファイルも消える。
「雨が降るまで」
栞音の兄は二年前、山間部の鉄砲水で亡くなった。予報では降水確率十パーセントで、兄は雨具すら持たず観測点へ向かった。ところが現地では一時間に百ミリを超えた。兄は観測員として異常な雲を報告していたが、気象会社は機器故障として記録を削除した。
Aメロの低音に、航空機の識別信号が混じっていた。栞音が周波数を分離すると、災害当夜に飛んでいた民間機の航路が浮かぶ。機体は同じ雲を何度も旋回し、通常の散布装置にはない薬剤重量を記録していた。
「雨が降るまで」
二度目の声を、栞音は兄が雨宿りしながら待っていた言葉だと思った。だがサビで衛星画像が高速再生され、雲は自然に育ったのではないと分かる。会社は水資源事業の実験として人工降雨を行い、結果が出るまで散布を続けた。予測を上回ったあとも、契約上の「成功」を得るため止めなかった。
曲のビートは散布回数だった。十四、十五、十六。兄の観測メールは十五回目で警告を出している。会社は受信時刻を翌朝へ書き換え、予測不能の自然災害にした。
栞音は衛星リンクが切れる前に、曲を全国の予報画面へ送ろうとした。上司が回線を遮断する。兄の死で会社を潰す気かと怒鳴る。栞音は最後の一音へ衛星の緊急公開コードを重ねた。
七分目。画面が消える直前、散布機の飛行記録と改竄前の警告が一斉配信された。作曲者欄には兄の名ではなく、雨粒を測った全観測器の番号が並んだ。
スピーカーから、上司の実験会議の音声が流れる。
「雨が降るまで」
兄が恋人へ帰りを待ってほしいと歌った言葉ではない。成果が出るまで薬剤を撒き続けろと命じた、会社の冷たい実験条件だった。