午前四時の洗濯機
午前四時、洗濯機が回り始めた。
退去まで六時間。曽根田結はホテルの制服、牧原泰生は作務衣、芳賀紅葉は高校時代から着ているパーカーを、間違えて同じ槽へ入れてしまった。
「色移りしたら弁償ね」
結が言う。
「もう会わない人への請求、どうする」
泰生は床へ座った。
「グループチャットある」
紅葉が洗剤の蓋を閉める。
「消すつもりだった」
三人とも眠っていない。結は四月から空港ホテルの夜勤。泰生は山寺で一年間、住み込みの修行に入る。紅葉は卒業を延ばし、実家へ戻って高校生の妹と中学生の弟の面倒を見る。
「寺って逃げじゃないの」
結が聞いた。
「ホテルの夜勤は夢なの」
泰生が返す。
「採用された中で一番まし」
「俺も、継ぐかどうか考える猶予」
紅葉は洗濯機の丸い窓を見た。
「私は猶予ないな」
母親が倒れたと連絡を受けた日から、紅葉は家族の話をしなくなった。二人は「無理しないで」と言い、代わりにできることを何も探さなかった。泰生の寺も結のホテルも、食事と部屋が付く。紅葉だけが、出ていく先で誰かの食事と部屋を用意する。
「妹たち、ここに呼べば?」
結が言う。
「三月で契約終わるって、今話してるでしょ」
「そうじゃなくて、次の家」
「家賃、誰が払うの」
結は黙った。
脱水へ切り替わると、洗濯機が大きく揺れた。三人で押さえる。重い物が片側へ寄ったらしい。
「また紅葉のパーカー」
泰生が言う。
「違う。あんたの作務衣、濡れると重い」
「制服も金具多い」
誰のせいでもあり、誰のせいでもない振動だった。
終了音が鳴り、三人は衣服を取り出した。結の白いシャツへ、紅葉のパーカーの薄い青が移っている。
「ホテル、大丈夫?」
紅葉が聞く。
「研修用だから。捨てる」
結はそう言ったが、畳んで箱へ入れた。
泰生の迎えが先に来た。紅葉は始発、結は退去立会いまで残る。洗濯機の上には、持ち主の分からない片方の靴下があった。
二人が出たあと、結はそれを三人のチャットへ投稿した。既読は二つ付いたが、誰も名乗らない。午前四時の洗濯機だけが空の槽を抱え、もう一度回り出しそうな低い音を残していた。