午後便のタグ
午後便の手荷物タグは、残り四十七枚だった。
空港の搭乗口で、安西伊久美は私用の電話を勤務中に取らない。朽木珠季は、家族からの着信だけは出る。伊久美は線引きが仕事を守ると言い、珠季は仕事が生活を飲み込んだら続かないと言う。
搭乗開始十五分前、珠季の端末が震えた。病院からだった。離れて暮らす父が救急搬送されたという。意識はある。すぐ来てもできることはない、と珠季は電話を切り、タグの発行を続けた。
「交代を呼ぶ」
「この便だけ終える」
「次の連絡が来る」
「終えないと、みんなの荷物が残る」
伊久美は、誰かの事情で担当が急に抜けるのが嫌いだった。残った人が善意で埋め、善意だけが勤務表から消える。だから簡単に「行って」とは言えない。
そこへタグ発行機が紙詰まりを起こした。列は伸び、珠季の手が震える。伊久美は予備機を開いた。珠季も詰まったロールを引き出した。
伊久美は残りのタグ束を二つに裂いた。
「二十三枚、そっち」
「半分じゃない」
「私が一枚多くやる」
二人は別々の端末で、同じ便の手荷物を処理した。伊久美が名前を読み、珠季が行先を確認する。珠季が貼り、伊久美が控えを渡す。七分で列がなくなった。
引継書には、伊久美が珠季の早退を書き、珠季が伊久美の追加業務を書いた。互いの善意にせず、勤務記録に残した。
「行って」と伊久美は言わなかった。珠季の制帽をロッカーへ入れ、タクシー乗り場までキャリーケースを運んだ。珠季も「ありがとう」と長く言わず、伊久美の無線機を充電台へ戻した。
珠季を見送ったあと、伊久美は穴の空いた時間を自分の休憩から引かなかった。交代要員の到着時刻を記録し、責任者へ追加配置を申請した。珠季も病院の待合室から引継書の不足箇所だけを送り、仕事の謝罪は書かなかった。二人で終えた便を、誰か一人の犠牲にしないためだった。
翌日、父は入院したとだけ連絡があった。伊久美は家族の電話を取るようにはならない。珠季も勤務を軽く考えない。
午後便の端末には、二人で処理した四十七枚の記録が、同じ時刻帯に並んでいた。