卒業写真より薄い本
広告賞の楯を箱へしまっていたみちるは、底からホチキス留めの薄い冊子を見つけた。紙の端には、印刷室の青いインクがまだ指紋の形で残っていた。高校の文芸部が作った最後の部誌。羽純から借りた一冊だった。
三年生の秋、部員は二人しかいなかった。みちるは小説を書き、羽純は短い詩を書いた。誰にも読まれない部誌を百円で売るため、放課後の印刷室で紙を折り、窓際の机で綴じた。
県の高校生文学賞へ出す締切の前日、みちるは書き上げた小説の結末に悩んでいた。羽純の詩にあった一行が、頭から離れなかった。別れた人の不在を「椅子だけが先に卒業した」と表す言葉だった。
みちるは、その表現を少し変えて小説に使った。引用とは書かなかった。翌月、小説は最優秀賞を取った。先生も同級生も褒め、羽純も「おめでとう」と言った。
ただ、卒業式の日、羽純は部誌を差し出した。
「貸す。私の言葉がどこにあったか、忘れないで」
みちるは謝れなかった。たった一行だと思った。自分の小説の方が長く、評価されたのは全体の力だと言い聞かせた。大学でも文章を学び、広告会社でコピーを書くようになった。部誌は卒業写真より薄いのに、どの賞状より重かった。
十年後、受賞作をまとめた社内展示に、あの小説も載せたいと連絡が来た。みちるは初めて、担当者へ表現の出典を伝え、掲載を断った。そして羽純へ部誌を返しに行った。
羽純は地元の書店で働いていた。事情を話すと、部誌を開き、あの詩の頁を確かめた。
「謝ってほしかった。でも、私の名前を今から作品につけてほしいわけでもない」
「じゃあ、何をすればいい?」
「次は借りないで書いて」
簡単な許しはもらえなかった。みちるは、それを受け取った。
帰宅後、白い画面を開いた。いつものように人の言葉を探す前に、自分が恥ずかしかったこと、羨ましかったことを一文ずつ書いた。上手くはなかったが、どこから来た言葉かを説明できた。
部誌は羽純の本棚へ戻った。みちるの机には、借り物ではない最初の一行だけが残った。