卒業発表と白紙の当番表

入江萌黄は、雑貨店の閉店作業中に推しの卒業を知った。女性アイドルグループ〈Lily Steps〉の白石ミユが、三か月後の公演を最後に活動を終える。公式通知を開いたまま、値札シールを握る手が動かなくなった。

「入江さん、レジ締めを」

店長の蟹江理佐に呼ばれ、萌黄はスマートフォンを伏せた。職場ではアイドルの話をしたことがない。客へ流行の商品を勧める明るい店員と、休憩室で卒業文を読んで泣きそうな自分は、同時に存在してはいけない気がした。

「すみません、すぐやります」

立ち上がった拍子に、画面が点灯する。白石ミユの顔と〈卒業のお知らせ〉が理佐の目に入った。

萌黄は恥ずかしさをごまかすように笑った。

「たかがアイドルなんですけど」

理佐は笑わなかった。自分のエプロンのポケットから、白石ミユの名前入りボールペンを出した。物販の初期商品で、印刷がほとんど消えている。

「たかが、にしなくていい。私もミユ推し」

それから理佐は、閉店当番表の今日の欄を白紙に戻した。

「レジ締めは私がやる。あなたは倉庫で五分休んで。泣くか、予定を確認するか、どちらでも」

長い慰めはなかった。萌黄は倉庫で卒業公演の日付を見て、呼吸を整えた。五分後には売場へ戻り、残りの作業を終えた。

翌月、卒業公演の抽選結果が出た。萌黄も理佐も当選していたが、店舗の繁忙日と重なる。二人が同時に休めば他のスタッフへ負担がかかる。

理佐は店長権限で自分だけ休もうとはせず、希望休の調整表を全員へ出した。代わりに出られる日をそれぞれ提示し、萌黄と別会場の配信日を分担する案まで書く。最終的に、他店から応援が入り、二人とも公演へ行けることになった。

申請理由の欄で、萌黄は指を止めた。以前なら「家族行事」と書いただろう。

〈白石ミユ卒業公演〉

そう入力し、提出する。理佐は承認印だけを押した。

当番表には二人の名の代わりに「応援スタッフ」と記された。萌黄は白紙だった場所を見て、推しを失う日にも、自分まで消える必要はないと思った。