卵かけご飯の予約席
金曜の午後六時四十分、朋花の部署では、宅配ピザを頼む話が始まった。
月末の資料を仕上げるため、残れる人だけ一時間ほど残業する。課長が「夕飯代わりにどう?」と言い、榎本が注文画面を開いた。一人千二百円くらいになるらしい。
給料日まで三日。朋花の財布には千五百円。口座にはもう少しあるが、週末の食材を買えばほとんど残らない。
ピザは食べたい。チーズが伸びる熱いものを、誰かと机を囲んで食べたい。断って一人だけ帰ると、節約ではなく仲間外れを自分で選ぶような気がした。
「朋花さん、何味がいい?」
榎本に聞かれ、朋花は注文画面をのぞいた。照り焼きチキン、マルゲリータ、海老マヨ。写真はどれも湯気まで見えそうだった。
「ごめん、今日は先に帰る。家に夕飯あるから」
言った瞬間、家にある卵一個と冷凍ご飯が、立派な夕飯のふりをして背筋を伸ばした。
課長は「あ、了解。資料は月曜でいいよ」とあっさり言った。残業も必須ではなかったらしい。朋花は拍子抜けしながらパソコンを閉じた。
帰りの電車で、部署のチャットにピザの写真が上がった。段ボール箱を囲む手が何本も写っている。「最高」のスタンプが続いた。朋花は画面を閉じた。
部屋に着き、冷凍ご飯を温める。卵を割り、醤油をかける。いつもは保存容器のまま食べるが、今日は白い茶碗へ移した。小さな海苔を二枚、立てるように添えた。
一人分の食卓は、誰にも予約されていないと思っていた。でも、自分が帰ってくれば一席埋まる。
ピザ代を断ったことを、美談にはしたくない。食べたかったし、写真を見て少し寂しい。給料が出たら、今度は参加したい。
朋花はチャットに「次は混ぜて」と送った。榎本から、すぐに「もちろん。今日は早く帰れて正解」と返ってくる。
卵かけご飯は三分で食べ終わった。豪華ではない。でも、金曜の夜を罰ゲームにするほど粗末でもない。
朋花は空の茶碗を流しへ運び、週末の自分の席を、そのまま部屋に残した。
流しの横には、ピザの写真では伝わらない静かな時間が残った。朋花は湯を沸かし、安いティーバッグを二度目まで使った。薄いお茶でも、金曜を閉じるには足りた。
参加できなかった夜ではなく、帰ることを選べた夜として覚えておこうと思った。