台風前の買い出しのあと
三朝穂香と宇賀神つばめは、台風が来る前になると、なぜか一緒に買い物をする。
水、乾電池、即席麺。必要なものを確認するためではない。二人とも一人暮らしなので、スーパーの混雑に少しだけ心細くなるのだ。
その夕方、棚からパンはほとんど消えていた。
「皆、台風の日にパン食べるんだね」
「火を使わないから」
「私たちは?」
「冷凍うどんある」
「停電したら?」
「溶けたら食べる」
結局、二人はポテトチップスとチョコレート、炭酸水を買った。
防災用品としては弱い。
穂香の部屋へ戻ると、雨が窓を叩き始めた。
ベランダの鉢を室内へ入れ、物干し竿を下ろす。
つばめは懐中電灯の電池を確認し、穂香はなぜか冷蔵庫のプリンを二つ取り出した。
「停電前に食べる」
「まだしてない」
「備え」
「言葉の使い方が自由」
二人は床へクッションを並べ、ニュースをつけた。
画面には雨雲の図と、海辺の中継が映る。
けれど音量を小さくし、話したのは、つばめが最近買った傘の骨が一本多いこと、穂香の職場で観葉植物の鉢だけ部署移動したこと、子どもの頃に台風で学校が休みになった朝のことだった。
「休校って聞く前が一番楽しかった」
「分かる。来るか来ないかの時間」
「今は仕事が休みになっても、家でできる」
「文明が進みすぎた」
風が強くなり、窓が一度鳴った。
二人は同時に黙り、次の音を待った。
何も起きず、つばめがポテトチップスの袋を開けた。
塩と油の匂いが、雨の湿った空気へ広がる。
「こういう時、一人だと音が大きいんだよね」
穂香が言った。
「二人だと?」
「お菓子の音が勝つ」
つばめは袋をわざと大きく鳴らした。
夜九時、電気は消えなかった。
雨は続いているが、予報では朝には弱まるらしい。
つばめは泊まることにし、予備の布団を出した。
「防災訓練」
「普通の泊まり」
「朝、うどん」
「冷凍庫、生きてたらね」
部屋にはチョコレートの甘さと、濡れた鉢の土の匂いが残った。
外の風はまだ忙しく町を通り過ぎている。
二人は何度も同じ雨雲の図を見ながら、途中から関係のない昔話をした。
台風を止めることはできない。けれど窓の内側の夜なら、くだらない言葉と温かな布団で、少しだけ小さくできた。