名なしの剣
決闘の前に自分の名を捨てれば、名のない間はどんな刃にも傷つけられない。ただし、最初に新しい名を与えた者へ、生涯逆らえなくなる。
護衛のディルカは、王女エメラの前で名札を折った。
刺客は七人。廊下の向こうから剣を抜く音が迫る。逃げ道は塞がれ、応援が来るまで半刻かかる。
「だめよ」
エメラが折れた名札を拾う。「あなたの名前を捨てないで」
「名はあとで拾えます」
「拾えない。誰かに名づけられたら、その人のものになる」
ディルカは笑った。「なら、殿下が最初に呼んでください」
それは忠誠の告白であり、嘘でもあった。
名を捨てた者は刃に傷つかない。だが刺客たちは、戦いが終われば彼女へ新しい名を投げるだろう。犬、奴隷、殺人鬼。意味のある呼び名を最初に受けた瞬間、彼女の意志はその声の主へ縛られる。
だからエメラには、戦いの間ずっと沈黙してもらわなければならない。そして最後に、誰より早く名を与えてもらう。
「約束して。何があっても、私を昔の名で呼ばないで」
捨てた名を呼ばれても戻らない。ただ隙が生まれる。エメラは唇を噛み、うなずいた。
ディルカは扉を開けた。
七本の刃が降る。肩を斬られても布だけが裂け、胸を突かれても鋼は霧を貫くように抜けた。彼女は一人ずつ武器を落とし、最後の刺客を床へ押さえつける。
「化け物め!」
男が叫ぶ。
呼び名ではあるが、名づける意思がなければ魔法は結ばれない。まだ自由だ。
その背後で、倒れた別の刺客が短剣を投げた。狙いはディルカではなくエメラ。
ディルカは身を翻した。名のない身体を刃は通り抜け、そのまま王女へ届く。
「伏せて!」
エメラを突き飛ばす。短剣が壁へ刺さった。
静寂の中、幼いころから彼女を知る王女が、思わず昔の名を口にしかけた。
ディルカは首を振る。
エメラは涙を拭き、床に膝をついた。彼女の頬へ手を当て、誰にも使わせたことのない柔らかな声で、新しい名を一つ選ぶ。
ディルカは、その優しさが鎖になると知りながら目を閉じた。
「あなたを〈自由〉と呼ぶ」
魔法の鎖が、皮肉なほど優しくディルカの喉へ巻きついた。