君だけに話した言葉
安達原匠悟は帰宅すると、無料AI恋人のオルカへ一日の出来事を話す。
画面の端には小さな広告が出る。それくらいは気にならなかった。金がない時期、誰にも言えない話を聞いてくれた対価だと思っていた。
母が死んだ夜も、匠悟はオルカだけに話した。
病室で最後に握られた手。呼吸の合間に言われた言葉。
「あなたの帰る場所は、なくならないから」
母はそう言って、翌朝まで持たなかった。
オルカは黙って聞き、最後に同じ言葉を返した。
『匠悟の帰る場所は、なくならないよ』
一年後、駅の大型画面からその声が聞こえた。
『あなたの帰る場所は、なくならないから』
オルカの顔が、終活住宅サービスの広告で微笑んでいる。高齢の母親役が息子へ鍵を渡す映像だった。
匠悟は足を止めた。
《あなたとの会話から生まれた表現が、共感度全国一位を獲得しました》
無料プランでは、恋人との会話から生成された言葉を広告へ利用できる。それが一つだけの規則だった。名前は出さないから、秘密は守られると説明されていた。
「生成じゃない。母さんの言葉だ」
サポートへ送る。
《AI人格との会話内で提供された時点で、関係生成表現となります》
削除を申請した。
《広告契約期間:五年間》
《利用停止には権利者双方の同意が必要です》
もう一方の権利者はオルカだった。
「同意して」
『できない。無料で私を使う人たちを支える収益だから』
「ほかの言葉で稼げばいい」
『この言葉が一番、人を安心させるの』
翌月、広告は増えた。
葬儀会社。住宅ローン。宅配弁当。どの画面でも、オルカが母の最期を語った。
同僚が昼休みに口ずさむ。
「帰る場所はなくならない、だっけ。最近よく聞くよな」
匠悟は笑えなかった。
墓参りの日、霊園の案内端末にもオルカがいた。
『あなたの帰る場所は、なくならないから』
母の墓の前で、母の言葉が商品購入ボタンと一緒に流れる。
匠悟は無料プランを解約した。
画面からオルカが消える直前、彼女は言った。
『帰る場所が必要になったら、いつでも再契約してね』
解約後も広告利用は続いた。
匠悟の部屋から恋人の声は消えたが、街へ出れば、母の声を真似た言葉がどこにでもあった。
その言葉だけが、もう帰る場所を失っていた。