呪いの夜に張られた三重幕
呪印持ちのヴェッサは、満月の夜だけ腕から黒い霧を漏らす。
普段は封印布で抑えられる。だが魔の森で布が裂け、霧は野営地を覆った。仲間の悪夢を引きずり出し、剣士ディオンは亡き弟の声に膝をつき、精霊使いロゼッタは炎を暴発させ、僧兵ガウスは自分の盾を何度も殴った。
ヴェッサは加入前に呪印を見せ、満月には離れて眠ると説明していた。それでもディオンは天幕を隣に張り、ロゼッタは封印布を毎月点検し、ガウスは月齢表を共有荷物へ入れた。受け入れられた時間が長いほど、終わる夜は恐ろしかった。
霧が晴れた後、三人は互いの悪夢について何も尋ねなかった。その沈黙を思いやりではなく、もう自分に話す価値がないからだとヴェッサは解釈した。
夜明け前に霧は消えたが、三人の顔には疲労が刻まれていた。
ヴェッサは森の外れへ移り、自分の天幕を畳んだ。呪いを隠して仲間になったわけではない。それでも実害が出れば話は別だ。
「次の町で抜けます。今夜は離れて眠ってください」
ディオンは返事をせず、剣で地面に円を描いた。ロゼッタは精霊石を三方向へ埋め、ガウスは大盾を木に立てかけた。
追い出すための結界だと思った。
ヴェッサが荷を背負うと、ディオンは自分の剣を円の内側へ置く。
「封印の芯に使う。朝まで預ける」
ロゼッタは三つの精霊石を光らせ、ヴェッサの天幕を囲む薄い幕を張った。
「霧を閉じ込めるんじゃない。悪夢だけ外へ逃がす術式よ」
ガウスは大盾の裏に毛布を掛け、円のすぐ外へ座る。
「満月の見張りは三交代にした。最初は私だ」
「また皆を傷つけます」
ヴェッサの声に、ディオンは焚き火から椅子を運んだ。ロゼッタは破れた封印布を縫い、ガウスは眠気覚ましの茶を四杯淹れる。
「傷ついたから仕組みを変える」とディオン。
三重の幕は、ヴェッサを囲い込む檻ではなかった。内側からいつでも開けられるよう、入口の留め具は彼女の手元に置かれた。
満月が昇る。
黒い霧が滲んでも、三人は円の外側に背を向けず座った。ヴェッサの天幕だけでなく、戻る道まで三方向から守っていた。