呼名簿の赤い玉
市内で人の本名が声に出されると、市役所地下の呼名簿へ赤いガラス玉が一つ落ちる。玉一つにつき、呼ばれた人の寿命は一時間減る。文字、録音、寝言は数えない。
相楽新太は、玉と音声記録の数を照合する監査員だった。棚には市民一人につき細長い瓶があり、よく呼ばれる者の瓶は毎晩あふれ、孤独な者の瓶はほこりをかぶる。落下管は地下の天井を血管のように走り、夕食時になると家族の名が一斉に転がった。新太はその音を雨として聞き流した。瓶が割れる日は、救急係が赤い箒で玉を集め、持ち主の残り時間を床から拾った。
新太の瓶は十一か月空だった。最後の一玉は、宅配員が表札を読み上げた誤配の記録だった。職場では監査三号、アパートでは二〇五号室。両親は亡くなり、友人とはメッセージだけで話す。自分で自分の名を呼んでも玉は落ちない。
月末、呼名停止の申請に生方志津という老女が来た。彼女の瓶は赤い玉でいっぱいだった。娘夫婦と孫四人が同居し、一日に百回近く呼ぶという。
「番号に変えたいんです。もう残りが少なくて」
新太は申請書を確認した。停止後は、家族が本名を呼んでも返事をしてはいけない。三回返事をすれば登録が復活する。
「寂しくなりませんか」
「静かになるだけです」
志津はそう言い、新太の胸章を見た。番号の下に、小さく氏名が印刷されている。
「相楽新太さん」
天井の管を赤い玉が一つ転がり、彼の瓶へ落ちた。十一か月ぶりの音は、食器に梅干しの種を置いたように軽かった。
「申請者が監査員の名を呼ぶ必要はありません」
「必要のない名前ほど、呼んだほうがいい日もあります」
新太は呼名停止を承認した。志津を番号で見送り、彼女の名は呼ばなかった。
昼休み、瓶から玉を一つ抜くことは重い違反だった。それでも棚を清掃するとき、玉は受け皿から新太の袖へ入り込んだ。彼は返却せず、弁当箱の隅へ置いた。
白い飯の中央に梅干し、その隣に赤いガラス玉。二つは同じ大きさで、ふたを閉じる直前まで、どちらが食べられないものか見分けがつかなかった。