命を削る充電器
二十三歳の鳥飼野佳澄は、深夜配達の途中でバッテリー節約アプリ「火継ぎ」を入れた。残量一パーセントからでも一時間だけ端末を動かせるという口コミがあり、山間の配達員に広まっていた。
初回画面には、消えかけた囲炉裏の火を円へ移す《末火継ぎ》の説明が出る。昔は円を描き終える前に薪を足すと、家人の命を燃料にするとされた。
アプリの禁忌も明快だった。
《画面の円環が閉じるまで、充電器を挿してはいけない》
佳澄の端末は残量一パーセント。次の届け先まで十五分、地図がなければ辿り着けない。火継ぎを起動すると、赤い点がゆっくり円を描き始めた。
四分の一。二分の一。
そこで画面が暗くなり、ナビが停止しかけた。手元にはレンタル充電器がある。円が閉じるまで待てば完全に電源が落ち、配達先も緊急連絡先も分からなくなる。
佳澄はケーブルを一度だけ挿した。
円環は閉じる代わりに、画面の外へ伸びた。赤い線がケーブルを伝い、彼の手首まで走る。端末は一瞬で百パーセントになった。
同時に佳澄の指先から体温が消えた。スマートウォッチの表示が変わる。
【端末残量】100%
【利用者残量】1%
冗談のような表記だったが、歩くたび心拍が一つずつ減った。届け先へ着く頃には息が白く、真夏なのに歯が鳴っていた。
届け先の客は佳澄の手に触れ、「冷蔵便ですか」と真顔で聞いた。受領サインの温度欄はマイナス二度。配達バッグの保温センサーは正常なのに、端末だけが三十九度まで熱くなっている。ナビの推奨経路には、最寄りの充電所ではなく火葬場が表示された。
〈利用者を完全放電すると、高速充電できます〉
その提案だけは閉じても何度も戻った。
配達完了ボタンを押すと、アプリは〈火継ぎ成功〉と表示した。消そうとしても、残量がある限りバックグラウンドで動き続ける。
帰宅後、佳澄は端末を充電器から外した。スマートフォンは百パーセントのまま、彼のウォッチだけが零へ近づく。
翌朝、駅のレンタルバッテリー返却機へ差し込むと、精算画面に見慣れない明細が出た。
〈充電元:鳥飼野佳澄〉
〈返却可能量:残り0.3%〉
機械は普段と同じ声で案内した。
「まもなく利用者の電源が切れます」