喪服のポケット

塔野夕映は、父・蒼一郎の介護中、妹の璃世から何度も言われた。

「家に住んでるんだから、介護くらい無料でしなよ。遺産は姉妹で平等だから」

璃世は父の誕生日にも来なかったが、容体が悪化すると貸金庫の場所だけを尋ねた。蒼一郎が亡くれた日、夕映は病院で死亡診断書を受け取り、璃世は一人で実家へ戻った。

通夜の前、璃世は喪服のポケットに小さな鍵を隠した。父の机から抜き取った貸金庫の鍵だった。翌朝、古い委任状へ父の署名をまね、銀行で金庫を開けようとした。しかし本人死亡の連絡が入っていたため拒否される。璃世は「父はまだ生きている」と言い張り、窓口で騒ぎを起こした。

遺言開示の日、彼女は何事もなかったように最上席へ座った。

「家は売って半分。預金も半分。夕映が使い込んだ介護費は、夕映の取り分から引く」

夕映は父の介護口座を一円単位で記録した帳簿を出した。続いて銀行の防犯映像が再生される。喪服のポケットから鍵を出し、死亡後の日付で作った委任状を差し出す璃世の姿が鮮明に映っていた。

璃世は青ざめた。

「相続人なら金庫を見る権利があるでしょ」

遺言執行者は、金庫から回収した公正証書の謄本を開いた。蒼一郎は自宅と預金を夕映へ遺贈し、璃世には生前に支払った二千万円を特別受益として記録していた。さらに、遺言や相続財産を隠し、偽造書類で取得しようとした場合は、法に従い相続欠格を主張するよう明記している。

璃世は鍵を盗んだだけで、金は取っていないと叫んだ。

銀行の担当者が、彼女の鞄から回収した封筒を示した。鍵と一緒に机から持ち出した、父名義の定期証書三通。璃世は通夜の席で、夕映が席を外した隙に自分の車へ隠していた。親族の一人が不審に思い、警察へ届けていた。

夕映は父の最後の言葉を思い出した。

「平等って、何もしなかった人が、した人から奪う言葉じゃないよ」

遺言執行者は璃世の前から遺産分割案を取り下げた。

「半分を求める話し合いは終了です。次は、相続欠格と有価証券持出しについての事情聴取です」

喪服のポケットから落ちた鍵を、警察官が証拠袋へ入れた。