喪服の内側の缶バッジ

大森雪乃は、祖母の葬儀に小さな缶バッジを連れてきた。

女性アイドル〈Sola〉の唯花が笑う、青い丸いバッジ。祖母の入院中、雪乃は毎週見舞いの帰りに唯花の配信を見て、気持ちを立て直していた。祖母は画面をのぞき込み、『この子、笑うとあんたに似てる』と言った。似ているはずがないと笑いながら、雪乃は新曲の振り付けを病室で小さく教えた。葬儀の日も手放せず、喪服の内ポケットへ入れた。

焼香の前、ハンカチを出した拍子に床へ落ちた。

「あら、こんな日に」

伯母の声に、親族の視線が集まる。雪乃は急いで拾った。昨夜までライブ映像を見ていたこと、葬儀の朝にも唯花の投稿を確認したこと。その全部が不謹慎という札を付けられたようで、祖母を悼む気持ちまで軽く見られた気がした。

「すみません。しまいます」

すると母の佳澄が、雪乃の手から缶バッジを受け取った。

「それ、おばあちゃんがポケットを直したやつでしょう」

喪服の内側を見ると、ポケットの口が青い糸で縫い直されていた。入院前、祖母に「大切なものが落ちそう」と話したことを、雪乃は忘れていた。

佳澄は裏側をめくる。縫い目の端に、祖母らしい小さな玉結びが残っていた。

「隠すためじゃなく、落とさないために付けたのよ」

雪乃は缶バッジをポケットへ戻した。今度は奥へ押し込まず、青い縁に留める。表からは見えない。それでも、恥じて伏せるのとは違った。

葬儀が終わり、親族が帰ったあと、雪乃は祖母の写真の前に座った。唯花の新曲をイヤホンで聴くか迷い、片方だけ耳へ入れる。

母が隣へ座り、もう片方を差し出すよう手を出した。

「おばあちゃんが、雪乃を元気にしてくれる歌だって言ってた」

二人で一曲だけ聴いた。泣き止むためではなく、泣いたまま帰るために。

曲が終わると、雪乃は缶バッジを喪服の内側へ留め直した。青い糸の上で、唯花の笑顔がまっすぐ前を向いた。