四畳半の方眼
九重朝美が古書喫茶「方眼室」で開いた住宅設計の本には、小さな間取りが何十個も描き足されていた。
印刷されているのは広い応接間や女中部屋のある昭和の邸宅だ。けれど余白の鉛筆画は、四畳半、三畳、しまいには押入れほどの長方形だった。
「机を窓へ寄せる」
「棚は上へ」
「戸は外に開けば半畳増える」
一番小さな図の隅には、「狭いのではなく、置くものを決める部屋」とある。消し跡を見ると、何度も机や棚を動かして、最後の形へたどり着いたらしい。
朝美は陶器のアクセサリーを作っている。今は自宅の食卓で成形し、共有工房で焼いているが、駅裏の古いビルに四畳半の作業室が空いた。家賃は払える。窓も流しもある。ただ、友人の工房のような大きな棚や撮影台は置けない。
契約の返事は今夜までだった。朝美は「もっと条件のいい場所が見つかるまで」と断る文面を作った。もっと、がいつなのかは決めていない。小さい場所から始めたと知られるのが恥ずかしく、完成した工房だけを最初から持ちたかった。
閉店十分前、客が朝美一人になると、店主は設計本を大判の包装紙へ載せた。中央に置けばきれいに包めるのに、店主は本を右端へ寄せた。左側の余った紙を切り落とし、細長い一片を折って補強材にする。余白を残すためではなく、必要な場所へ使い直す包み方だった。
最後に店主は紙袋の底へ、その細片を一枚敷いた。本の角は動かず、袋の中にはまだ少し空きが残った。
朝美は物件の図面を開き、設計本の書き込みをまねて配置を描いた。机を窓へ。棚は上へ。撮影台は折り畳み。大きな窯は置かず、焼成だけ共有工房を使う。
すべてを収めようとしなければ、四畳半に作業は入った。
朝美は断り文を消し、「契約します」と送った。屋号欄には、いつか決めるつもりだった名前を初めて入力する。契約後に届いた初回入室日は、来週の火曜だった。朝美はその夜の食卓を片づける予定も、先にカレンダーへ入れた。
店を出ると、紙袋の中で本が動かなかった。空いている部分は失敗ではない。これから何を置くか、自分で決められる広さだった。