図書室では泣かない
失恋した友達は、「図書室では泣かない」と宣言した。
昼休み、告白して振られた。放課後にはいつも通り委員当番がある。休めば相手に負けた気がするから、と返却印を強く押していた。
「本、へこむよ」
私が言うと、彼女は力を緩めた。
「平気」
全然平気ではなかった。借りる人へ「どうぞ」と言う声が妙に明るい。相手が同じクラスの本好きで、図書室へ来る可能性があるたび、入口を見てしまう。
閉館三十分前、本当にその人が来た。
彼女は背筋を伸ばした。
相手は一冊の小説を返し、何も知らない顔で「ありがとう」と言った。告白を断ったあとでも、図書室ではただの利用者だった。
彼女は返却処理を終えた。
「ありがとうございました」
声は震えなかった。
相手が出ていくと、彼女は返された本を棚へ戻しに行った。私は少し遅れて追った。
恋愛小説の棚で、彼女はしゃがみ込んでいた。本を抱え、顔は見えない。
「図書室では泣かないんじゃなかった?」
「泣いてない」
床に一滴落ちた。
「それ、雨?」
「天井の故障」
図書室は二階だ。
私は隣にしゃがみ、ポケットティッシュを本の上へ置いた。慰める言葉は言わなかった。相手を悪く言えば、好きだった気持ちまで悪くなる。次があると言えば、今の痛みを急かす。
彼女は一枚取り、目ではなく本の表紙を拭いた。
「この本、あの人が借りてた」
「うん」
「面白いかな」
「読めば」
「今?」
「閉館まで二十五分」
二人で窓際へ座り、同じ本を開いた。彼女は最初の一行を何度も読み直した。涙で見えないのだと思ったが、聞かなかった。
物語の主人公も、最初の章で振られていた。
彼女は鼻をすすり、声を殺して笑った。
「選ぶ本、わざと?」
「返却されたばかり」
「運命、雑」
閉館までに一章しか読めなかった。彼女はその本を借りた。
翌週、返却カウンターへ置き、感想を言った。
「後半、恋愛ほとんど関係なかった」
「面白かった?」
「悔しいけど」
返却印は今度、ちょうどいい強さだった。
図書室では泣かないという宣言は、たぶん守られなかった。でも、静かな場所で泣けば、涙が大きな事件にならずに済む。
彼女は次の本を棚から選んだ。今度は恋愛ではなく、宇宙の図鑑だった。
「ずいぶん遠くへ行くね」
「届かない相手なら、最初から星でいい」
そう言って笑う顔は、まだ少し赤かった。