土曜日の付箋を一枚

九鬼央佳の壁には、色別の付箋が並んでいた。赤は仕事、青は家事、黄色は自分の用事。けれど黄色にも「資格の勉強」「靴の手入れ」「写真の整理」と書かれ、楽しむより片づける予定ばかりだった。何もしない休日を過ごすと、夜に取り返したくなって洗濯機を回した。好きだった喫茶店にも、読書の予定を立てなければ行けない。自分のための時間まで成果に変えるうち、休むことは予定表へ書けない怠慢になった。金曜の夜には、土曜がもう終わったように疲れていた。友人から誘われても、付箋を全部終えてから会おうと考えた。けれど家事は新しく生まれ、勉強には続きがあり、空いた土曜日は一度も来なかった。断るたび「落ち着いたら」と書き、落ち着く日だけは予定に入れられなかった。

次の部屋へ入れるまでの三十日、央佳は堀越絹映と暮らした。絹映は美術館の展示を組み立てる仕事をしており、壁の付箋を見るたび、少し離れて全体を眺めた。作品を見るような顔だった。絹映の側の壁には何もない。翌日の搬入時刻だけを紙に書き、終われば丸めて捨てた。予定を忘れて困らないのかと央佳が訊くと、「壁まで働かせたくない」とだけ言った。

金曜の夜、央佳が土曜の予定を順番に貼り直していると、絹映が訊いた。

「今日じゃなくても困らない付箋、何色?」

「全部いつかは必要です」

「じゃあ、一枚だけ裏返して寝てみて」

絹映はどれを選べとも言わず、空の壁へ視線を戻した。

央佳は「クローゼットの整理」と書いた黄色を剥がした。裏返すと、ただの白い四角になった。忘れそうで不安になり、端を少し持ち上げて文字を確かめた。それでも捨てず、白い面のまま貼り直した。

翌朝、大学時代の友人から「急だけど、午後お茶しない?」と連絡が来た。央佳は壁を見た。洗濯、勉強、銀行、買い出し。空いている時間はない。けれど、付箋に書かなかったからといって、友人と会う二時間が無駄になるわけではない。むしろ会わない理由だけが、毎週きれいに管理されていた。いつもなら「また今度」と返し、その今度を決めないまま数か月が過ぎる。

白い付箋だけが、予定を説明していなかった。そこへ何かを書き込む必要もない。整理しないクローゼットは、今日一日くらい閉じていられる。

央佳は返信欄へ「行く」と打った。理由を足そうとしてやめる。

「午後二時なら行ける」

送信すると、壁の黄色い列に小さな白が残った。