土曜日の発明届
自動車センサー会社のライセンス決裁会議で、安積岳は高卒二年目の試験工だった。雨滴を検知する新しい電極配置は、岳が夜勤中に不良品を裏返して気づいたものだ。
発明者は開発課長の長柄。課長の発明届には、三月十四日土曜日午前九時十二分に着想し、図面を作成したとある。岳が提案メールを送ったのは前日の午後六時四十七分。会社は、課長の着想の方が独立していたと説明した。
岳は入退場記録を示した。土曜日、開発棟へ入った者はゼロ。長柄の社員証も使われていない。
長柄は自宅で作成したと答えた。
しかし発明届には、社内の安全プリンターでしか押せない「受付済」の電子印がある。印の表示時刻は土曜九時十二分。岳がプリントサーバーの監査記録を開くと、実際に印刷されたのは月曜午前八時十三分だった。端末時計だけが土曜日へ戻されている。
さらに課長の図面には、岳がメール添付で使った誤った部品番号R―六一七Bが残っていた。正しくはR―六一七D。社内データベースを見れば間違えないが、岳の手書きメモを写せばBになる。
長柄は、若い作業員の気づきを製品へまとめたのは自分だと言った。
岳は発明対価ゼロ円と記された確認書を見た。押印を拒めば、正社員登用はないかもしれない。それでも認印を出さなかった。
「土曜日に誰もいない工場で、僕の誤字だけ働いていたんですね」
ライセンス先の担当役員が契約書を止め、長柄の発明届を証拠袋へ入れるよう命じた。
長柄は、岳のメールは単なる現場報告で、電極配置の意味を理解していなかったと反論した。岳は添付音声を再生した。「裏返すと水滴が逃げず、検知が安定する」と自分が説明し、長柄が「月曜に発明届へする」と答えている。録音時刻は金曜午後六時五十二分だった。
会議室では、長柄の顔より先に、録音を示す波形が大画面で静止した。
月曜八時十三分の印刷記録が、土曜九時十二分の発明を決裁台から降ろした。