土間の赤い一列
サイラスが譲られた廃屋の台所は、床まで土だった。
雨靴で歩けば泥が付き、乾けば砂埃が舞う。なかでも暖炉の前は窪み、鍋を持って立つたび足を取られそうになる。
王宮の石工房で三十年、サイラスは他人の足元を作った。大理石の広間も、戴冠式の階段も、彼の名前ではなく設計卿の作品になった。最後には「魔法を使えない職人は時代遅れ」と解雇され、誰も欲しがらない辺境の家だけを買った。
彼は土間へ糸を張った。
今日敷くのは、暖炉の前の一列だけ。
十二枚で足りる幅を、念のため十四枚用意した。割れたときの予備を持つのは職人の癖だ。王宮では余材を盗みと疑われたが、ここでは明日の安心として壁際へ積んでおける。
裏庭には、崩れた煙突から落ちた赤煉瓦があった。欠けたものを選り分け、煤を洗い、同じ高さへ削る。土を掘って砂利を入れ、木槌で突き固める。水平器の泡が中央へ来るまで、何度も土を足した。
一枚目を置く。
二枚目は半寸削る。
三枚目の角は、隣の欠けへぴたりと合った。
目地へ細かな砂を掃き込み、水を少し掛ける。乾いた布で何度も表面を拭くと、煤けた煉瓦の赤が戻った。どれも欠けているのに、列になれば互いの弱い角を支え合った。
夕暮れまでに並んだのは十二枚だけだった。王宮の広間なら目にも留まらない幅だ。それでも最後の煉瓦を叩くと、赤い一列はまっすぐ暖炉を受け止めた。
サイラスは泥の付いた靴を脱ぎ、煉瓦の上へ立った。沈まない。鍋を持って向きを変えても、足元は平らなままだ。
鉄鍋では腸詰めと玉葱が焼けていた。脂がじゅうじゅう鳴り、飴色になった玉葱の甘い匂いが立つ。焼き汁をパンで拭えば、それだけでご馳走だ。
戸口から、隣村の少年がじっと赤い列を見ていた。崩れた家から煙が出たので様子を見に来たらしい。
「魔法なしで、沈まないの?」
「ああ。下を固めればな」
少年はしゃがみ込み、目地へ指を近づけたが、触れる前に止めた。
「明日、もう一列やる? 見てもいい?」
王宮では弟子を取る資格がないと言われた。魔法を使えない工法は教える価値がない、と。サイラスは腸詰めの焼ける音を聞きながら答えた。
「朝飯のあとならな」
少年は大きく頷き、帰っていった。
サイラスは泥の付かない赤煉瓦の上へ椅子を寄せた。明日はもう一列敷こう。いつか台所全部が赤くなる。その頃には、同じやり方を知る手も二本増えているだろう。
そう思いながら、熱い腸詰めへフォークを刺した。