塩血の杯

水没した祭壇の上で、ルグトは息をしていなかった。

代わりに首の両側の裂け目が開閉し、浅い水から酸素を吸っている。腕には銀色の鱗、指の間には膜。海魔の血を浴びた者は、満潮までに陸の記憶を失い、水底へ帰る。

ファンナは石杯を二つ並べた。

塩血を七杯抜き、同じ量の人の血を与えれば戻る。ただし抜いた塩血は捨てられない。交換する者が一杯ずつ飲まなければ、呪いは杯から宿主へ跳ね返る。

一杯目。

ルグトの鱗が数枚落ちた。ファンナは黒い塩血を飲み、喉を焼かれた。口の中に波の音が広がる。

二杯目で、彼の指の膜が裂ける。ファンナの爪は青く透けた。

三杯目。四杯目。彼女の体温が下がり、吐く息から霧ではなく細かな飛沫が出る。祭壇を囲む水が、足首へ親しげにまとわりついた。

五杯目を飲むと、幼いころ溺れかけた恐怖が消えた。水底が家のように思えた。石壁にこびりつく藻の匂いが、故郷の寝床より懐かしい。ファンナは自分の名を胸の中で唱え、まだ陸の者であることを確かめたが、音の末尾は水音に溶けて聞き取れなかった。

六杯目でルグトが目を開く。瞳はまだ魚のように丸い。

「やめろ。七杯目を飲めば、おまえの血は全部、海になる」

「そのころには、あなたの血は陸に戻る」

ファンナは最後の杯を満たした。自分の腕を切り、人の赤い血をルグトの口へ流す。代わりに彼から抜いた塩血を一息で飲み干した。

彼の首の裂け目が閉じた。鱗が剥がれ、胸が大きく上下する。人の肺で吸った最初の息だった。

ファンナは笑おうとしたが、口から泡がこぼれた。

足の感覚がない。見下ろすと、踝から下が透明な水へ崩れ、祭壇の縁を越えて流れている。腕の血管には赤ではなく、月光を映す潮が満ちていた。

「ファンナ、待て。戻す方法を探す」

ルグトが抱き上げようとした。触れた指が彼の腕をすり抜け、雫になって落ちる。

満潮の水が祭壇を覆った。

ルグトは人の足で岸へ立った。彼の名を呼ぶ声が、水中から一度だけ泡となって浮かぶ。

その後、祭壇を巡る小さな潮流だけが、ファンナの癖と同じように、彼の左側を離れようとしなかった。