墓守の昼休み

津雲慈朗の仕事は、死者になる前の人から、不要な記憶を取り除くことだった。

終末期病棟では、患者が最後に持っていく記憶を選べる。痛い治療、家族との喧嘩、裏切られた夜。慈朗は削除装置を操作し、切り取った記憶が正しく消えたか確認するため、その断片を七秒だけ自分の脳へ通した。

七秒後には焼却される。残らないはずだった。

それでも慈朗は、知らない記憶の癖を少しずつ持つようになった。食べたことのない杏を懐かしみ、会ったことのない「房江」という名を寝言で呼び、雨の午後になると左手の薬指が寂しくなった。

病院は職業性残響と診断した。意味を失った感情だけが、微量に沈殿するらしい。

ある老人は、庭の記憶を消してほしいと言った。亡き妻と四十年育てた庭だったが、家は売却され、翌週には取り壊される。死ぬ間際まで失う痛みに苦しみたくない、と老人は笑った。

慈朗が断片を受け取ると、春の光が頭いっぱいに広がった。青い椅子、曲がった柿の木、石垣の隙間に咲く白い花。妻らしい人が土だらけの手で笑っていた。

焼却の合図が鳴った。

だが慈朗は、指を止めた。

規則では重大な違反だった。患者が捨てた記憶を、技師が所有してはならない。慈朗は迷った末、削除ボタンを押した。庭は消えた。少なくとも画面上では。

老人が亡くなったあと、慈朗は住所を調べ、取り壊し前の家を訪ねた。初めて来た場所なのに、門の傾きも、裏口の重さも知っていた。庭は冬枯れしていたが、石垣の隙間に白い花が一輪残っていた。

慈朗はそれを掘り、自宅のベランダへ移した。

春、花が増えた。慈朗は名前を知らないまま水をやった。老人の妻を覚えているわけではない。庭の全景も戻らない。ただ、土に触れると、誰かが長い年月を愛した温度が指に残った。

慈朗は病院を辞め、小さな共同菜園の管理人になった。利用者が語る思い出を消さず、聞くだけの仕事を選んだ。

ときどき、白い花の前で知らない涙が出た。

慈朗は拭わなかった。

誰のものでもなくなった記憶が、花として生きるなら、自分の人生を少し貸してもよいと思った。