声のない教室

同窓会は、市民音楽ホールの舞台上に円卓を並べて開かれた。

国見谷菜緒は雨森千紘を見ると、昔の調子で手を振った。

「千紘、まだピアノの陰に隠れてるの? きれいになったんだから、今度は歌えばいいのに」

千紘は黒いドレスに銀の耳飾りを着け、静かな華やかさがあった。中学時代は声が小さく、合唱のソロを菜緒に笑われて以来、人前で話さなくなった。

「今日は弾かないの?」

「弾く人は別にいるよ」

菜緒は地元テレビのリポーターになった話をし、二次会のカラオケで自分が主役だと宣言した。

照明が落ちた。客席側の扉から、国内有数の交響楽団が入ってくる。指揮者が壇上へ上がり、同窓生たちへ一礼した。

「本日は、このホールの新しい常任作曲家をご紹介します」

呼ばれたのは千紘だった。

彼女は映画音楽と舞台音楽で世界的な賞を受け、配信収入と著作権収入だけで年間数億円を得る作曲家になっていた。海外の大作映画からも指名が続き、今夜のドレスは授賞式のために仕立てられたものだった。端正な横顔は海外文化誌の表紙を飾り、このホールの改修費も彼女が寄付していた。

菜緒は冗談めかして拍手した。

「でも作曲って、裏方でしょ?」

指揮者が振り返る。

「音楽に裏も表もありません。この楽団が今季、最も演奏したいと願ったのが雨森さんの新作です」

譜面台へ楽譜が置かれた。表紙には〈声のない教室〉と題されている。その曲は翌月から世界十二都市で演奏され、使用料だけでも菜緒の年収を超える予定だった。

最初の一音は、一本の弱い弦だった。やがて別の楽器が重なり、教室のざわめきを押し返すような大きな旋律になる。同級生たちは息を止め、菜緒も口を開けたまま動けない。

曲が終わる直前、指揮者が千紘へ手を差し伸べた。

「作曲者に、舞台中央へ」

千紘は菜緒の前を通り、スポットライトの中へ歩いた。

最後の和音が消え、満場の拍手が始まった瞬間、声を笑われた少女は、誰より大きな音で自分の名を響かせていた。