声のない解約

映像配信サービスの解約窓口で、戸次綾乃は年配の女性から電話を受けた。

「夫の契約を止めたいんです」

規則では名義人の本人確認が必要だ。綾乃が生年月日を尋ねると、女性は答えたあと、しばらく黙った。

「本人に代わってください」と言いかけて、綾乃は画面の備考に気づいた。三か月前にも同じ番号から連絡があり、「名義人入院中」と記録されている。今月の視聴履歴は一度もない。

「ご主人は、お電話に出られないご事情がありますか」

「先月、亡くなりました」

前回の担当者には、本人が退院したらかけ直すよう言われたという。女性はその言葉どおり待ち、葬儀と手続きを終えてから電話してきた。

綾乃は通常の引き留め画面を閉じた。「三か月無料」や「休止」という提案を読み上げる場面ではない。死亡時の例外処理へ切り替え、必要書類を一つずつ説明した。本人確認ができないことを不備にせず、請求の停止日を死亡日にさかのぼれるか上席へ確認した。

契約には、夫が毎週見ていた古い映画の一覧が残っていた。女性は、最後の入院中にもタブレットで一本だけ見せたと話した。

「解約したら、その記録も消えますか」

綾乃は視聴履歴の保存期間を確認し、必要なら画面を印刷できる間に案内メールを送った。請求を止める仕事と、思い出を消す仕事を同じ手順にしないためだった。

請求履歴を調べると、死亡後にも一回分が引き落とされていた。綾乃は返金の可否を同じ例外処理に載せ、女性に別窓口へ電話し直させなかった。事情を何度も説明させることは、本人確認の厳格さとは違う。必要な証明を一度受け取り、社内で引き継ぐ形に整えた。

手続きが終わると、女性は「本人を出してくださいと言われなくてよかった」と言った。

通話後、綾乃は前回記録に追記し、入院中の長期不利用には事情確認を挟む改善案を出した。

休憩時間を知らせる表示が点いたが、次の電話が入る。

「父の契約なんですが、本人はもう話せません」

綾乃は名義人を呼ぶ文句を飲み込み、まず事情を尋ねた。