夕方のチョーク線
美術部を辞めると決めた日、私は校庭に長い白線を引いた。
文化祭の壁画が先生に却下されたからだ。「暗すぎる」「高校生らしくない」と言われ、部員たちも黙ってうなずいた。描きたいものを守る勇気があるのは自分だけだと思った。
用具倉庫へ石灰を戻す途中、白線をまたいだ。
その瞬間、部活帰りの声も、吹奏楽の音も、沈みかけた夕日も止まった。
線の向こう側にいるあいだ、私だけが動けた。
校舎へ戻ると、美術室の扉が開いていた。
部員たちは片づけの途中で固まっている。机の下に、私の原画を縮小した紙が何十枚もあった。明るい色を少し足した案、中央の人物を残した案、先生が問題にした暗い空だけを夜明けへ変えた案。
皆、却下された絵を捨てず、通す方法を考えていた。
顧問の机には、校長宛ての申請書があった。
「生徒の喪失体験を扱う作品であり、明るさのみを教育的価値としない」
厳しい先生の字で、何度も書き直されている。
隅には、私が知らなかった一文が添えられていた。
「作者は昨年亡くした姉を、空の色として描いている。本人の許可なく説明はしない」
先生は気づいていた。
部員たちも、理由を聞かずに絵を残そうとしていた。
黙っていたのは、賛成したからではない。私が話したくないことを、勝手に言葉へしないためだった。
校庭へ戻り、白線の内側へ足を戻した。
夕日が沈み、吹奏楽が次の音を鳴らした。
美術室へ入ると、皆が紙を隠そうとした。
「その案、全部見せて」
私は言った。
部長が恐る恐る尋ねる。
「描き直す?」
「描き直すんじゃない。続きを描く」
文化祭の壁画には、暗い空を残した。
ただ端の方に、部員全員で小さな窓を描き足した。窓の向こうには朝がある。でも中央の人物は、まだ夜の中に立っている。
すぐに立ち直らなくていい絵になった。
当日、先生は長く壁画を見て、「高校生らしくないな」と言った。
今度は少し笑っていた。
校庭の白線は翌日の雨で消えた。
姉を失った日と、その後の私は分けられない。
それでも境界をまたぐたび、向こうに誰もいないとは限らないのだと、私は知っている。