夜には読めない時計
鷲尾真白は、日影時計舗の窓際で小さな日時計を開いた。
銀の蓋の内側に方位磁針があり、中央の薄い板を起こして太陽へ向けると、落ちた影で時刻を読む。旅行用に作られた古い品で、店主の札には〈晴天時のみ使用可〉とあった。
真白のスマートフォンには、昨夜届いた一行が残っている。
〈起きてる? 今から会える?〉
送ってきた相手と付き合っているのか、真白には説明できない。昼の約束は仕事を理由に流され、連絡はいつも日付が変わってから来る。会えば優しく、朝になると次の予定を決めない。真白も、重いと思われたくなくて尋ねなかった。
会うたび楽しかった記憶があるから、待っている時間のほうを見ないようにしていた。夜は、都合の悪い輪郭をどちらからも隠してくれた。
今夜も会えると返すつもりで、夕方まで文章を決められず、時計店へ入った。
店主は日時計を窓辺の台へ置き、方位磁針が止まるのを待った。薄板の角度をこの街の緯度へ合わせる。西日が差すと、細い影が五時と六時の間へ落ちた。
真白が少し動かすと、影はすぐ別の数字へずれた。店主は台を元の向きへ戻し、底のねじを締める。正しく置ける場所でしか、時刻は出なかった。
やがて雲が窓を覆い、影が消えた。店主は慌てて灯りを近づけなかった。薄板を倒し、方位磁針が静まるのを待って蓋を閉じる。
「夜は使えません」
商品説明として、ただそれだけ言った。
会計の間、真白はメッセージを開いた。
〈会うなら、次は昼に予定を決めたい。夜だけなら、もう会わない〉
送ったあと、相手の通知を消音にする。返事が来るかは分からない。来ても今夜は開かないと決め、端末を伏せた。
店主は日時計を黒い箱へ収めた。箱の表には月ではなく、金色の小さな太陽が押されている。包装紙を掛けず、その印が見えるまま紙袋へ入れた。
外はもう街灯の時間だった。真白は日時計を取り出さなかった。読めない品を買ったのではない。読む時間を選ぶ品を、鞄へ入れたのだと思った。