夜に描く青いクレヨン

母が亡くなってから、少年は空を描かなくなった。

家の絵にも、遠足の絵にも、上半分を白く残した。

先生は青いクレヨンを差し出したが、少年は使わなかった。

母が最後に見た空が、雨だったか晴れだったか思い出せないからだ。

図工箱には、幼稚園の頃から使っている短い青がある。

ある夜、机へ白い紙を置いたまま眠ると、青いクレヨンが自分で動いた。

朝、紙の端に一本だけ線が引かれていた。

次の夜は、その上へ薄い線。

毎晩、青いクレヨンは少しずつ空を描いた。

けれど、どの空も途中で止まる。

雲の形も、太陽もない。

少年は腹を立てた。

「知ってるなら最後まで描いてよ」

クレヨンは返事をしない。

七日目、青い線の下へ、少年が家を描いた。

八日目には父が小さく描き足した。

父も絵が下手で、腕の長さが左右で違った。

少年は母を描こうとして、手が止まった。

顔を忘れたわけではない。

笑った顔と、苦しそうな顔のどちらを描けばいいか決められなかった。

その夜、青いクレヨンは空ではなく、母を描くはずだった場所の周りを青く塗った。

人の形を避け、輪郭だけを残した。

白い空白が、母の姿になった。

少年は朝、その形の中へ何も描かなかった。

代わりに、母がよく着ていた黄色い服だけを塗った。

顔は白いまま。

父は絵を見て、しばらく黙ったあと、

「最後の日は雨だった」

と言った。

「でも、病室の窓が少し開いてて、お母さんは風が気持ちいいって言った」

少年は空の端へ、灰色の雨を少し描いた。

その上に、青を重ねた。

雨と晴れをどちらか一つにしなくてよかった。

学校へ絵を持っていくと、先生は「空がきれい」と言った。

少年は「途中です」と答えた。

青いクレヨンは、図工箱の中でもう動かなかった。

年月がたち、少年は父になった。

娘が家族の絵を描き、祖母の顔を尋ねた。

父は写真を見せる代わりに、あの絵を出した。

白い顔、黄色い服、雨の上の青い空。

「顔がないよ」

娘が言った。

「描けなかった」

「じゃあ、私が描いていい?」

娘は白い空白へ、自分に似た笑顔を描いた。

父は止めなかった。

記憶を正しく残すことより、誰かが新しい色を足せる余白にしておく方が、母は喜ぶ気がした。

短い青いクレヨンは、娘の手の中で最後まで使われた。

紙にはもう、空を恐れる白さは残っていなかった。