夜間部の桜
夜間部の卒業式が終わるころ、校門の外はもう真っ暗だった。
都築帆乃は、黒板に〈卒業おめでとう〉と書かれた教室で、コンビニの制服から着替えたばかりのブレザーを眺めた。四年間着たはずなのに、授業へ来るときはいつも仕事着の上から羽織っていたから、今日がいちばん制服らしく見える。
平良智輝は作業服の袖をまくり、黄色いチョークで黒板へ小さなパンを描いていた。
「何それ」
「帆乃が毎晩くれた廃棄前のあんパン」
「人聞き悪い。ちゃんと店長の許可あった」
二人は笑った。
教室の時計は午後九時を過ぎていた。普段なら授業が終わる時刻なのに、今日は誰も急いで駅へ向かわない。
黒板には、昼間働く工場、介護施設、食堂の名前が並び、その横にクラスメイトの将来が書かれている。〈資格を取る〉〈朝まで寝る〉〈子どもに卒業証書を見せる〉。年齢も事情も違う十八人が、同じ白い紙を筒に入れて持っていた。
帆乃は空いた場所へ、〈次は昼の桜を見る〉と書いた。
入学式の日も仕事で遅れ、桜を見たのは街灯の下だった。文化祭の準備も、遠足の集合も、いつも夕方からだった。
「今、見る?」
智輝が窓を指さした。校庭の隅の桜は暗く、花の形までは見えない。
「写真なら明るくできる」
帆乃が書いた言葉の横へ、智輝はチョークで小さな太陽を足した。
二人は教室を飛び出し、校門前へ向かった。残っていた仲間も、卒業証書を抱えたまま続く。スマートフォンを地面に置き、用務員にシャッターを頼んだ。
フラッシュが光った一瞬だけ、十八人の制服と作業服、門柱、その向こうの桜が白く浮かんだ。
確認すると、花びらは光を反射して雪みたいだった。
帆乃は笑いながら言った。
「昼よりきれいかも」
智輝は首を振る。
「昼のも見よう。四月の休み、合わせるから」
誰かが「卒業したのに集合するのか」と冷やかした。
解散後、帆乃はコンビニの制服へ着替えず、ブレザーのまま家まで歩いた。深夜のガラスに制服姿が映るたび、もう生徒ではない自分と、まだ生徒でいたい自分が並んだ。
校門の写真を開くと、フラッシュの外側にも仲間の影が続いていた。帆乃は黒板に書いた文を思い出す。
次に見る桜が昼でも夜でも構わなかった。一人で見ない約束の方が、光の中にはっきり写っていた。