天井まで三段

篠宮菜月は、脚立を台所から運び、廊下の火災報知器の下へ置いた。

午前十一時に管理会社が点検へ来る。それまでに電池を替えなければ、報知器は四十秒ごとに高い音を鳴らし続ける。夜中から始まり、菜月はほとんど眠れなかった。隣室の壁を気にして、音が鳴るたび布団の中で四十秒を数えた。

こういう作業を任せていた同居人は、半年前に亡くなった。病気が分かる前、菜月が照明の電球を替えようとして椅子から落ちた日に、呆れた声の音声を送ってきたことがある。

『脚立は一番上に乗らない。三段目まで。下、ちゃんと平らか確認して』

音声の題名は、同居人が勝手につけた「菜月を生かす脚立講座」だった。菜月はそれを再生し、脚立の脚を二度踏んで確かめた。床には読みかけの雑誌が落ちている。以前なら、そのまま跨いで上っただろう。今日は雑誌を壁際へ寄せる。

一段、二段、三段。報知器は目の高さより少し上にある。音声の続きで『外すとき反時計回り』と言われ、丸い本体を左へ回した。すぐには動かず、力を込めると埃が顔へ落ちた。

『固いなら、両手。片手で背伸びしない』

菜月は一段降り、脚立を五センチ近づけてから上り直した。両手で回すと、報知器が外れる。裏には交換日を書く小さなシールがあり、同居人の字で二年前の日付が残っていた。その上から書けるよう、菜月はポケットの油性ペンを取り出す。見慣れない四角い電池が入っていた。

新しい電池の袋を開ける。端子の形が合う向きを探している間にも、古い電池が一度、短く鳴った。菜月は音声へ向かって「分かってる」と言い、誰も返さないことに自分で少し笑った。

新しい日付を書き、端子を押し込み、試験ボタンを押す。鋭い警報音が廊下へ響き、正常ですという機械音が続いた。

本体を天井へ戻し、今度は時計回りに回す。白い円が台座へぴたりとはまり、赤いランプが一度だけ点滅する。菜月は三段目から順に降り、脚立の開き止めを畳んだ。四十秒待っても、もう何も鳴らなかった。