子ども部屋の最後の灯り

「部屋、空けてもいい?」

母からの電話は、珠緒が二十九歳になる前日に来た。

実家の二階にある六畳。学習机も本棚も、薄青いカーテンも、家を出た十一年前のままだった。帰省すると、母は必ずシーツを替え、珠緒は「自分の部屋」で眠った。

母はそこを来客用にしたいと言った。残すものがあるなら、今月中に二箱まで送るという。

届いた写真には、二つの段ボールが写っていた。片方には「保管」、もう片方には「処分」。机の上では、子どものころ使った星形のランプが点いていた。

部屋を残せば、いつでも十八歳へ戻れる。空ければ、次に泊まるときは客用の布団になる。珠緒はこれまで、戻る予定などないと言いながら、戻れる形だけは守ってもらっていた。

「全部処分して」と答えかけ、ランプを見た。何も取らないことは強さではなく、電話を早く終わらせたい気持ちかもしれなかった。

「ランプだけ送って。ほかは空けていい」

母は机もいらないの、と何度も聞いた。珠緒は一つずつ「いらない」と言った。言うたび、引き出しの中の小物や、壁に残った画びょうの穴が頭に浮かんだ。

電話のあと、母から二件の写真が届いた。一枚は箱に入った星形のランプ。もう一枚は、家具のなくなった六畳。床には四角い日焼け跡があり、もう珠緒の部屋には見えなかった。

胸が空っぽになるのを待ったが、ならなかった。寂しさはきちんと残った。

数日後、届いたランプを今の部屋で点けると、星の穴から壁に光が散った。珠緒は母へ「届いた」とだけ送った。

実家に自分専用の退路がなくなったことを、誕生日の贈り物とは思えない。それでも、その喪失を選んだのは自分だと、消灯するまで見届けた。

次の帰省で、珠緒は一階の客間へ通された。枕元には新品の目覚まし時計があり、壁には何の跡もなかった。二階へ上がれば、元の部屋を見られたが、珠緒は階段の前で止まった。今の部屋へ持ち帰った星形ランプの写真を開き、それだけでいいと思う練習をした。夜、客用の布団は少し硬かった。眠れない不快さを、追い出された証拠ではなく、自分が明け渡した部屋の感触として受け止めた。