安全靴の二度目

工場の新人研修映像を仕上げる夜、左近司裕一は社長の説明場面で手を止めた。依頼は、言い間違いを取り除き、翌朝の研修へ間に合わせることだった。

社長は工作機械の前で、「安全カバーを外してから、主電源を切ります」と言っている。正しくは逆だ。直後に言い直しかけたが、咳き込み、撮影は中断していた。

現場では停止した機械を使っていたため、撮影中に誰もけがはしない。だからこそ言い間違いは軽く扱われた。だが映像を見る新人は、翌日から動く機械の前に立つ。編集で滑らかにつながった誤りほど、撮影時の失敗より長く残る。裕一は言葉だけでなく、手が何をしているかを順に確認した。

人事担当は「『外してから』を切って、『主電源を切ります』だけ残せば」と提案した。だが、それでは次の映像で、停止前の機械へ手を伸ばすようにも見える。言葉を短くするだけでは、危険な順序を安全にはできない。

裕一は撮影日のタイムコードを最後まで追った。予定終了後、カメラが回ったままの部分に、社長が安全靴を履き直している映像がある。その後、現場責任者へ確認しながら、説明を最初からもう一度話していた。台本には載っていない二度目の撮影だった。

裕一は正しい二度目の声を使い、機械の停止ボタンを押すBロールを重ねた。声を映像より少し早く入れるJカットで、「まず主電源を切る」と聞こえた瞬間に指がボタンへ届くようにした。続いて停止を確認してから、カバーへ手を移す。

「社長の顔が減りますね」と人事担当が不満そうに言った。

「顔を長く見せる映像ではなく、手を失わないための映像です」

裕一は再生を止め、現場責任者にも順序を確認してもらった。編集室だけで正解を決めれば、言葉が正しくても実際の設備と違う危険がある。

完成版では、社長の声は落ち着き、手順は一度も前後しなかった。人事担当は承認印を押した。

午前六時半、研修室へデータが運ばれていく。裕一の机には、次章の素材が置かれた。題名は〈フォークリフトの死角〉。彼は安全靴を履いたまま、最初の映像を開いた。