家計簿の公開日

丸山野俊樹は、毎月の家計報告を受け取るたび、数字も見ずに言った。

「俺の給料を配分してるだけで、経営者気取りか。誰のおかげで飯が食えてる」

水瀬森文月は、俊樹が競馬と飲み会に使った金額まで黙って整理した。家計が赤字にならないのは、彼の収入が多いからではなく、文月が固定費を見直し、ポイントや保険を管理していたからだった。

その方法を匿名ブログへ書くと、読者が増えた。

収入の大小ではなく、家族で使途を決める家計簿。視覚障害者向け音声入力、外国語表示、子どもにも分かる予算欄。文月は仲間とアプリを開発し、金融教育の講座を始めた。

俊樹は「節約主婦の広告」と笑った。

銀行が新しい家計管理サービスを発表する日、俊樹は取引先として説明会へ出席した。壇上に文月が立つ。

「水瀬森フィナンシャル教育代表です」

アプリ利用者は二十万人。銀行との五年契約は三億円、学校向け教材も全国導入される。文月の役員報酬は俊樹の年収の二倍に設定されていた。

質疑で俊樹が手を挙げた。

「理想論です。稼ぐ人が決定権を持たなければ、家庭は回らない」

文月は、匿名化した一つの家計例を映した。

夫の手取り、妻の無償労働時間、浪費額。妻の労働を最低賃金で換算し、夫の私的支出を引くと、家計への貢献は妻のほうが大きい。

俊樹は、自分の家計だと気づいて声を失った。

その夜、文月は家計簿の最終頁に離婚後の予算を書き、離婚届を差し出した。

「一人で家賃も払えない」と俊樹は言う。

文月は新居の購入契約と、法人からの給与振込を示した。子どもの教育費、保険、老後資金まで、夫の収入をゼロとして計算済みだった。

「あなたの給料を配っていたんじゃない。あなたの浪費から家族を守っていたの」

銀行アプリの公開ボタンが押され、二十万人の画面へ新サービスが届く。同時に、文月の口座へ最初の契約金が入金された。

家計簿の夫収入欄がゼロへ変更されても黒字のままだった瞬間、俊樹だけが、自分の給料では家庭を回せなかった事実を初めて突きつけられた。