小説の中で殺した

嵯峨野七緒は、配られた紙へ一行だけ書き、すぐに読み上げた。

「今書いた小説の中で、私は荒城修馬を殺した」

判定灯が緑になる。

荒城修馬と白波瀬澄は、机上の紙を見つめたまま動けない。壁の規則は一つ。

〈参加者の一人を自分が殺した内容を含む、嘘ではない一文を最初に述べた者を解放する〉

机には紙と鉛筆が一人分ずつ置かれていた。遺書を書かせるための小道具だと二人は思ったが、七緒だけは、書かれた瞬間に別の世界が成立すると考えた。

三人とも生きている。現実について「私が誰かを殺した」と言えば、必ず嘘になる。主催者は、過去に人を殺した者だけが勝てると匂わせ、三人の経歴を暴くつもりだった。

七緒は現実を舞台にしなかった。

紙には、〈七緒は修馬の胸を刺し、彼を殺した。〉とある。たった一文の小説だ。その作品世界では、七緒が修馬を殺したことは真実である。

彼女の発言は、「現実の私は殺人者だ」ではない。「今書いた小説の中で」という範囲を明示している。

『創作は事実ではありません』

「創作の中の事実です」

『人を殺したことにならない』

「規則は現実に殺した内容とは限定していない。内容を含む、嘘ではない一文でしょう」

判定装置は紙面を読み、作品の成立時刻を確認する。発言の三秒前、物語は確かに書かれていた。

〈参照世界、文書内フィクション〉

〈内容一致。虚偽なし〉

修馬が乾いた笑いを漏らす。

「勝つために、俺を殺したのか」

「紙の上で一度だけ」

澄は自分の紙へ何か書こうとするが、最速時刻はもう七緒に記録されている。

首輪が外れる。七緒は出口へ進まず、紙を裏返した。そこに続きを書く。

〈修馬は立ち上がり、澄と七緒を連れて部屋を出た。〉

「それも真実にするつもり?」と澄。

「今から」

七緒は首輪の解除工具を二人へ使った。

主催者は告白を欲しがった。七緒が渡したのは、誰も傷つかない殺人と、現実にする価値のある結末だった。