小鍋の二杯目
帆澄は、一人用の小鍋でカレーを作った。親友と暮らしていたころは、いちばん大きな鍋でも二日で空になった。二人ともおかわりをするから、玉ねぎは三個、肉は五百グラムが決まりだった。
彼女が転勤で町を出る一週間前、二人は喧嘩をした。送別会の予約を帆澄が勝手に断ったことが原因だった。泣く顔を人に見られたくなかっただけなのに、「最後まで私のことを決めるんだね」と言われた。仲直りしないまま、彼女は引っ越した。
謝りたい。けれど今さら連絡すれば、自分が楽になるためだけの謝罪になる気がした。新しい町で始めようとしている彼女を、こちらの後悔に付き合わせたくない。その迷いを、帆澄は誰にも言えなかった。
小鍋から立つ香りは、大鍋のときと同じだった。取っ手は素手で触れないほど熱い。帆澄は一杯だけよそい、残りには蓋をした。
にんじんを噛むと、少し硬かった。彼女はいつも「帆澄は煮込みを待てない」と笑った。帆澄はむっとしながら、次の一切れも食べた。
一杯目を空にしても、腹はまだ足りなかった。以前なら、彼女が先に鍋へ向かい、帆澄の分までよそった。今日は自分で蓋を開けた。二杯目は、一杯目の半分だけにする。
食べながら、喧嘩の日を何度も言い直した。寂しかった。見送るのが嫌だった。だから送別会を消した。謝る言葉より、先に言うべきだった言葉ばかり浮かんだ。
二杯目を食べ終えると、小鍋にはお玉一杯分だけ残った。捨てるには多く、三杯目には少ない。帆澄はそれを保存容器へ移した。
蓋に「一杯ある」と書き、写真を撮った。彼女とのトーク画面を開き、長い謝罪文を全部消す。代わりに写真だけを送り、「帰ってきたら食べて」と一行添えた。
容器は小鍋よりさらに小さかった。それでも一人分を残すには足りた。仲直りの形まで、昔と同じ大鍋でなくてよかった。
既読はつかなかった。帆澄は容器を冷凍庫へ入れた。返事を催促するためではなく、席を一つ残しておくために。