帰宅済みの宿泊者

榎戸誠章は二十八歳の警察事務職員で、行方不明者の足取りを確認するため水守村の宿を訪れた。対象者は三年前、この宿帳へ名を残したあと消息を絶っている。

退去欄には三種類の記載があった。「発つ」「残る」「帰宅」。ところが「帰宅」と書かれた客ほど、その後に失踪届が出ている。

宿の主人は村の言い方を説明した。旅人の家を宿、村を帰る場所に入れ替える記号なのだという。

帳面の冒頭には一文。

《退去欄に「帰宅」と書いてはいけない》

調査を終えた誠章は、自分の行を見た。主人が席を外し、退去欄は空白のまま。公務の記録として完了を示す必要があると思い、一度だけ「帰宅」と記した。

村を出た直後、カーナビの自宅ボタンが宿を指した。手動で東京の住所を入れ、夜には自室へ戻れた。

玄関のスマートロック履歴には《客室へ入室》と表示された。名称を「自宅」へ直しても、数秒で「客室」に戻る。反対に、水守村の宿がホーム地点として登録されていた。

翌朝、署の端末で住民情報を開くと、誠章の現住所が《水守村・帰宅済み》になっている。同僚は「榎戸って、そんな遠くから通ってたのか」と不思議そうにした。

行方不明者データベースを確認すると、三年前の対象者は《帰宅確認》で捜索終了になっていた。帰宅先はやはり水守村。代わりに新しい届出が一件増え、失踪者欄へ榎戸誠章の名と現在の服装が登録されている。同僚に画面を見せても、「その人ならもう帰った」と言うだけだった。自室の賃貸契約は短期宿泊へ変更され、退去予定が今夜になっていた。

署の入退庁記録では誠章は三日前から出勤しておらず、代わりに水守村の宿から毎朝ログインしたことになっていた。

帰宅後、部屋の内側からチャイムが鳴った。玄関モニターには廊下ではなく、宿の帳場が映っている。主人が宿帳を開き、受話器へ顔を寄せた。

「榎戸様、客室の利用時間は終わりました」

スマートロックが自動で解錠された。

いつもの機械音声が、室内に向かって告げた。

「チェックアウトしてください。ご自宅は水守村です」