帰還兵は二人いらない

久慈川廉は毎朝、基地の門で顔を上げる。軍属食堂の整備員にすぎない彼にも、本人確認は容赦なく光を当てる。緑になれば勤務開始、赤なら銃口が向く。

六年ぶりに帰還する兄・朔馬を迎えた日、門の外へ二人の兄がいた。

一人は大型画面の中だ。制服は清潔で、頬に傷もない。

『久慈川朔馬、任務を完了しました』

もう一人は金網の向こうに立っていた。痩せ、片耳を失い、泥だらけの指で廉を呼んだ。

「廉、俺だ。画面を見るな」

帰還手続きの規則は一つ。最初に本人判定を通過した帰還報告を本物とし、同じ兵士を名乗る後発個体は敵性ディープフェイクとして排除する。捕虜の顔を使った侵入を防ぐためだった。

画面の兄は、午前四時に認証済みだった。

「秘密を聞けば分かる!」

廉は端末へ叫んだ。

《質問を入力してください》

「母さんの葬式で、棺に何を入れた?」

画面の兄が答える。

『焦げた将棋の駒。母さんが父さんに勝ったときの王将だ』

門外の兄も同時に答えた。正解だった。家族通話はすべて軍の学習記録に残っている。

「じゃあ、俺が入れなかったものは?」

画面が一瞬止まる。

金網の兄が笑った。

「おまえの退学届。母さんに見せたくないって、俺に預けた」

廉の喉が詰まった。誰にも送っていない話だ。

端末の真正度が揺れ、門外の兄が五一%まで上がる。画面の兄は九九%から九八%へ下がった。

兵士が銃を構えた。

「待て、今ので分かっただろ!」

《先行本人の認証は覆りません》

朔馬は金網へ額をつけた。

「廉。今度は、おまえが顔を上げるな」

廉が目を閉じた瞬間、乾いた音がした。

門の画面に通知が出る。

《敵性合成個体を排除しました。久慈川朔馬本人の帰還を歓迎します》

傷のない兄が、廉へ敬礼した。

廉は顔を上げなかった。次に赤く判定されるのが、自分であるような気がした。

画面の兄が食堂の朝食を尋ねた。朔馬が嫌いだった豆の煮物を「懐かしい」と言ったが、誰も訂正しなかった。正しい記憶より、緑の認証印の方が軍では兄だった。