幕間は終わらない
幕田セシルは旅回り劇団で、舞台に立たない者には拍手がないと知っていた。
黒い裏方服は袖が裂け、背中には大道具を担いだ筋状の跡が残っていた。昼は舞台を組み、夜は転換、終演後は衣装修繕。寝入りばなに未読の緊急連絡が光る。「剣が一本ない」「幕が上がらない」「主演が気分を損ねた」。主演の気分まで裏方の備品扱いだった。
劇団を辞め、田舎町の廃劇場を借りた夜、セシルの無限収納が開いた。中へ入れた衣装や小道具は傷まず、名前を呼べば舞台袖へ現れる。さらに複数の劇場へ出口を分けられた。
セシルは各地の小劇団へ《共用舞台庫》の鍵を貸した。王冠、雪の背景、偽物の暖炉、竜の頭。使った日数だけ利用料が入り、持ち主だった劇団にも分配される。返却時刻になれば小道具は自動で庫へ戻るので、紛失の捜索も催促も要らない。
廃劇場の客席で昼食を食べていると、舞台上の会計幕へ文字が浮かんだ。
《本日の貸出:二十三点》
《今月の生活費を確保。次の幕が上がるまで休息可能》
セシルは最後の一文を気に入った。休息まで芝居がかった言い方をする収納だった。
客席には誰もいない。だから失敗する相手も、機嫌を読む主演もいない。舞台の上で床板が一度鳴ったが、セシルは走らなかった。古い建物は、ときどき自分で音を出す。それだけのことだった。休む場面にも、観客の許可はいらない。
その直後、元座長が正面扉を叩いた。
「王都公演だ。お前の転換でなければ間に合わん。戻れば舞台監督の名を出してやる」
「名前を出す代わりに、眠る時間も出ますか」
「成功すれば休める」
それは千回聞いた台詞だった。成功の次には、もっと大きな成功が待っているだけだった。
「小道具は貸します。私は貸しません」
「劇団を家族と思わないのか」
「家族なら、倒れた日に幕を上げさせません」
セシルは貸出鍵を一枚だけ渡し、扉を閉めた。古い裏方服を客席の背へ掛け、会計幕の通知を消す。舞台中央へ長椅子を出し、開演ベルの代わりに雨音を聞きながら、堂々と昼寝を始めた。