床が沈むほどの財産
椹木礼司の父は、生前よく言っていた。
「書斎には、床が沈むほどの財産がある」
葬儀が終わると、礼司と妹の琴羽は鍵のかかった書斎の前へ集まった。廊下から見ても、床は確かに中央へ傾いている。
「金塊だ」と礼司。
「金塊なら銀行へ預けるでしょ」と琴羽。
「税務署に知られたくなかった」
「父さん、町内会費まで領収書を取る人よ」
「几帳面な脱税者だったのかも」
「矛盾を性格の深さみたいに言うな」
礼司は金属価格の一覧を印刷し、琴羽は相続税の早見表を開いた。
「金なら家を売らなくて済む」
「むしろ別荘を買える」
「父さんの部屋を開ける前から間取りを見てたでしょう」
「維持費の研究よ」
「海辺の物件だけ?」
「塩害を学んでいた」
「水着の写真まで?」
「周辺環境!」
二人は建築士と鑑定士を呼んだ。
建築士はレーザーを当てた。
「中央が四センチ沈んでいます」
鑑定士はうなずく。
「金なら相当量です」
琴羽が電卓を出す。
「一立方メートルで約十九トン」
「床が四センチで済むか?」
「では銀」
「急に値下げするな」
鍵を壊す前に、二人は取り分を決め始めた。
「発見場所は実家だから半分ずつ」
「書斎の固定資産税は私が払った」
「介護は私」
「通院送迎は私」
「年賀状の宛名印刷は?」
「それを介護点数へ入れる気?」
「父さんの交友関係を維持した」
「プリンターがね」
話は、金属の切断方法へ移った。
「金塊なら一個ずつ交互に」
「奇数だったら?」
「最後を売って分ける」
「相場が下がるまで待つ?」
「金相場を見て葬儀の日程を決めたと思われる!」
鍵屋が扉を開けた。
書斎の中には、天井まで新聞が積まれていた。朝刊、夕刊、地方紙、業界紙。父は四十年分を日付順に保存していた。
「……財産?」
「情報は財産だ」と、父の貼り紙にある。
「床は本当に沈んでる」
「比喩じゃなかったのね」
古紙回収業者がトラック二台で来て、四時間かけて一束ずつ量った。
「合計、三千二百四十円です」
礼司と琴羽は、迷わず半分にした。