床に置いたトウシューズ

弥生は、休養日にも足を伸ばしていた。

バレエ団の研修生として、週六日踊っている。唯一の休みの日曜には、筋肉を固めないためのストレッチ、体幹トレーニング、動画での振り返り。完全に休むと、翌日の体が重くなる。周りが練習している間に自分だけ止まることが、何より怖かった。

その日、左の踵には朝から熱があった。皮がむけ、絆創膏の下が赤く腫れている。弥生は床にマットを敷き、いつものようにバー代わりの椅子へ手を置いた。軽く動くだけ。痛くない範囲で。そう言いながら、音楽を流す。

プリエを三回。踵が床につくたび、細い針を踏むように痛んだ。弥生は体重のかけ方を変え、続けた。休むことより、痛みを避けながら練習するほうが努力に見えた。

鏡の中で、上半身だけはきれいに伸びている。弥生は口元を結び、もう一度膝を曲げた。その瞬間、踵から足首へ痛みが走り、椅子が大きく鳴った。

床へ座り込む。音楽だけが続いている。

スマートフォンには、同期の練習動画が届いていた。日曜なのにスタジオを借りたらしい。再生しなくても、誰がどれだけ動いているか分かる気がした。弥生は動画を開きかけ、画面を閉じた。

休んだ一日で、役を失うかもしれない。足が鈍るかもしれない。そういう不安は、踊らなければ確かめようがない。だから弥生は毎回、痛みのほうを確かめてきた。

椅子の下に置いてあったトウシューズを手に取る。履けば気持ちが切り替わると思い、リボンをほどく。けれど今日は、足を入れずに床へ置いた。左右をそろえることもしなかった。

音楽を止め、マットの上に仰向けになる。ストレッチではなく、ただ寝転ぶ。天井の小さな染みが見えた。背中が床に沈む感覚を、弥生は久しぶりに知った。

練習動画の通知がもう一度光る。弥生はグループをミュートし、踵の絆創膏を貼り替えた。そのあと氷を当て、タイマーを十五分に設定する。回復のためという説明をつければ、休みも訓練に変わってしまう気がしたので、記録アプリには何も入力しなかった。

床には、履かれなかったトウシューズが片方だけ横倒しになっている。弥生は起こさず、その隣で目を閉じた。