式が始まったら逃がす
結婚式当日、新婦の澪梨は控室へ向かう途中、新郎・弓削柾臣と友人の会話を聞いた。
柾臣が言う。
「式が始まったら、あの子を裏口から逃がしてくれ」
「新婦には絶対見つかるな?」
「ああ。車は用意した。指輪を渡したら、すぐだ」
澪梨は壁に手をついた。
指輪を渡した後、別の女性と逃げる。しかも友人ぐるみの計画だ。
介添人へ打ち明ける。
「新郎が逃亡する」
「どなたと?」
「あの子」
「お名前は?」
「知らない」
「式場に来ている?」
「指輪を持っているらしい」
「それ、かなり近くにいますね」
澪梨は招待客名簿を調べ始めた。
「柾臣の元恋人は?」
「大学時代の方が一人」
「今日来てる?」
「欠席です」
「欠席と見せて裏口に」
「推理が式場の外へ出ています」
友人を問い詰めると、彼は目を泳がせた。
「その子は、柾臣さんにとって大切?」
「家族同然です」
「長い付き合い?」
「十五年」
「私より長い」
「まあ、年数だけなら」
「指輪を運ぶ?」
「首に付けて」
「首輪みたいに扱うの?」
「実際、首輪へ付けます」
澪梨は青ざめた。
「どんな関係なの」
式が始まった。
澪梨は祭壇へ歩きながら、会場の出入口をすべて確認した。柾臣は緊張している。友人は裏口近くで待機している。
司会が「指輪を」と告げる。
扉が開き、白い老犬が小さな籠を首から下げて歩いてきた。柾臣が子どものころから飼っている犬、タロベエだった。
澪梨も写真で何度も見ていたが、蝶ネクタイ姿で分からなかった。
タロベエは指輪を届けると、大勢の拍手に驚き、友人へ抱き上げられた。
「心臓が弱いから、役目が終わったら静かな家へ帰す予定だった」と柾臣。
「新婦には?」
「リングドッグはサプライズにしたくて」
澪梨は裏口へ走る友人を見送った。
「逃がす相手、女性じゃなかったのね」
柾臣は首をかしげる。
「十五歳のおじいちゃんだよ」
澪梨は柾臣の腕を取った。
「あなたまで逃げる計画は?」
「ありません」
「今後も?」
「今日の聞き取りで一生ありません」
逃亡計画は成功し、新郎だけが祭壇に残った。