待つ時計の声
退職してから、男は毎週金曜、駅の大時計の下へ行った。
娘とは五年前に喧嘩し、それきり会っていない。
約束をしているわけではない。
娘が昔よく使った駅だから、偶然会える気がした。
売店で買った小型受信機には、
「時計の下で誰かを待っている間だけ、時計の声を翻訳します」
と書いてあった。
大時計が正午を打つ。
「今日も、勇気より早い」
男は周囲を見回した。
誰も話していない。
「誰のことだ」
「十二時。あなた、十一時四十分」
時計は時刻と、待つ人の様子を混ぜて話した。
翌週も行く。
「娘は来るか」
「私は到着を数えない。待った長さを数える」
「役に立たないな」
「あなた、今日も二十分早い」
男は娘へ連絡する勇気がなく、偶然に責任を押しつけていた。
会えなければ運が悪かったことにできる。
受信機を持つ人は他にもいた。
恋人を待つ学生。
面接帰りの母を待つ子ども。
遅延した列車から降りる夫を待つ老人。
時計は皆へ違う言葉を話した。
「怒る準備、四十分」
「花、しおれる前」
「遅いは、来ないではない」
最後の言葉を聞き、男は娘へ電話した。
呼び出し音。
留守番電話。
切ろうとしたとき、時計が言った。
「待つだけでは、声は届かない」
男は伝言を残した。
「金曜の十二時、駅にいる。来てほしい。無理なら、無理と返事をくれ」
次の金曜、娘は来なかった。
メッセージもない。
時計の下で一時間待った。
「遅いは、来ないではない」
受信機が繰り返す。
男は腹を立てた。
「来ないこともあるだろ」
時計は答えた。
「それでも十二時は来た」
さらに一週間後、娘から返信が来た。
「今週は行けません。来月なら」
来月の金曜、男は十一時四十分に着いた。
娘は十二時十五分に現れた。
会うなり、
「早すぎ」
と言った。
男は謝ろうとしたが、言葉がまとまらない。
娘も笑わない。
二人は時計の下でしばらく立った。
受信機が小さく言った。
「遅い。まだ、到着」
男は娘へ受信機を渡した。
娘にも同じ言葉が聞こえたらしい。
「機械に慰められるほど遅くない」
そう言いながら、近くの喫茶店を指した。
関係はすぐ戻らなかった。
金曜ごとに会い、話し、何度かまた喧嘩した。
それでも約束の時刻を決めた。
男はもう偶然を待たない。
大時計の下へ行くのは、来るかもしれない人ではなく、来ると返事をした人を迎えるためになった。