手数料の向こう側
起業支援室のガラス壁から、〈スキルを未来へ〉の文字だけが剥がれずに残っていた。
仁科弥一たちの〈キャンパスワークス〉は、学生のデザイン、動画編集、翻訳を企業へ売る仲介サービスだった。実績のない学生に仕事を、予算のない会社に若い力を。そう説明し、報酬の三割を手数料として取った。
石動真理亜が、最後の請求書を机へ置く。
「ロゴ制作、修正十四回。報酬八千円」
伏見悠人が計算する。
「うちの手数料を戻せば、一万一千四百円」
「時給にしたら?」
「計算しない方がいい」
炎上したのは、その案件だった。学生デザイナーが作業記録を公開し、〈若者を守る会社が一番安く使っている〉と書いた。登録者は一晩で半分になり、取引先はすべて契約を止めた。
弥一は壁のステッカーを爪で削った。
「価格を決めたのは企業だ」
「断れない学生を集めたのは私たち」と真理亜。
「仕事がゼロよりましだと思った」
悠人が首を振る。
「ゼロよりまし、で人を安く使う会社はいくらでもある。俺たちまで増やした」
真理亜はフリーのイラストレーターになる。
「仲介を通さず、自分で値段を言う。仕事が来なくても」
悠人はメーカーの調達部へ入る。
「安く買う仕事だけど、値切った先で誰が徹夜するか見る」
二人が弥一を見る。
「法科大学院。労働法をやる」
「経営者から弁護士?」
「経営者だったから。契約書に『業務委託』と書けば、守らなくていいと思ってた」
三人は登録者へ、手数料返還の連絡を送った。全額ではない。残金を人数で割ると、一人あたり六百四十三円だった。真理亜は「謝罪にしては安い」と言い、弥一は返せなかった。
退出前、悠人がガラス壁のロゴを剥がした。〈スキル〉と〈未来〉は取れたが、接着剤で〈を〉だけが残った。
真理亜の椅子には、未採用になったロゴ案のファイルが置かれていた。三人が別々の扉から出たあとも、白い壁には小さな〈を〉が残り、何と何をつなぐはずだったのか分からないまま光を透かしていた。