承諾ボタンは緑色

水城弥生の画面には、緑色の「承諾する」と灰色の「辞退する」が並んでいた。

内定者サイトの返答期限は、あと二十七分。緑のほうが大きく、押すべき答えを教えているように見える。

会社は悪くない。事務職から広報職へ移れる。給与も上がる。ただ、最終面接で「繁忙期は終電もある」と笑われたことだけが引っかかっていた。質問し直すと、「若いうちは経験ですよ」と返された。

弥生のスマートフォンに二件のメッセージが来た。

転職エージェントから〈迷っているなら、二十九歳の今が動きどきです〉。同い年の友人から〈内定あるだけ羨ましい。とりあえず押しなよ〉

どちらも間違っていない気がした。だからこそ、押したあとで苦しくなったら、二人の言葉を恨みそうだった。

弥生は採用ページの『働き方』を開いた。笑顔の社員写真と、挑戦、成長、熱量という言葉はあるが、残業時間は見つからない。質問した自分が細かすぎるのではなく、答えを得られないまま承諾することが不安なのだと、ようやく言葉にできた。

残り十九分。弥生は人事へ電話をかけ、返答期限を三日延ばしてほしいと頼んだ。担当者は「ほかの候補者もいるので難しい」と答え、今日中に決められないなら辞退扱いになると言った。

画面の数字が減る。十三分。十一分。

弥生は緑のボタンへ指を置いた。承諾してから考えることもできる。けれど、最初の条件を飲み込むために年齢を使えば、入社後も同じ使い方をされる気がした。

残り六分で、灰色のボタンを押した。確認画面には〈この操作は取り消せません〉と出た。

取り消せないのは、どちらも同じだ。弥生は「辞退を確定する」を押した。

画面が白くなり、応募履歴に〈辞退〉の二文字が付いた。胸は軽くならなかった。求人サイトを開き直す手も重かった。

エージェントには〈年齢ではなく勤務条件で判断しました〉と返した。友人には〈押さなかった〉だけ送った。

緑色を選ばなかった夜を、機会を逃した夜として思い出す日も来るだろう。それでも弥生は、六分前の自分に決定を押しつけず、灰色の履歴を自分の名前で残した。